イノベーションの最近のブログ記事

最近、あらためて組織などの枠を超えた形で行なうオープン・イノベーションの必要性とその実践方法について考える機会が増えてきています。

11月20日(火)にロフトワークさんの主催で行なわれるイベント「オムロンヘルスケア社はなぜイノベーションを起こせたのか?」のイントロダクションでの短い講演でも、そんなお話をしようかなと思っているのですが、とにかく大きく社会が変化している今の時代にあって、機能不全を起こしている従来型の社会OSに変わる、新しいOSをオープン・イノベーションの形でデザインし実用可能なものにしていくことが急務であるように感じます。

ただ、その場合、従来型OSに最適化された組織の枠に閉じこもった形では新たなOS開発の実行はむずかしく、組織の枠組みを超えてコ・デザインの形で進めるオープン・イノベーションによって、新たなOSの模索=プロトタイピングを行っていく必要があると思うのです。

多様なものが集まり合って、その集合のなかでそれまで出会うことのなかった異質なもの同士が関わりあうところから新しい何かが立ち上がってくる。異質な文脈同士が1つの集合のなかで重なり合い、別の文脈を生じさせるプロセス。そして、これまでなかった新しい文脈ですでにある素材を見つめ直せば、これまで思いもつかなかった組み合わせが浮かび上がってくる...。

新しい物事を組織的に生み出す環境を準備しようとすれば、そうした多様性をもった異質な者同士が集い、コ・クリエーションするような場をいかに用意するかといったことがまず課題となります。

それは前回の記事「ブレインストーミングを成功させるためには何が必要?」で取り上げた、ほかの人のアイデアを発展させたりしながらとにかくアイデアの量を増やすブレインストーミングでも同じで、数多くの異なるアイデア同士が互いに絡み合うような形がつくれた場合ほど、斬新なアイデアが出てくる可能性が高まります。

そのためには多くのブレインストーミングで使われるポストイットのように、異質なもの同士が集まり、肩を並べることを可能にする共通フォーマットや、「ほかの人のアイデアを発展させる」というルールのように元から異なる要素同士の連携をうながすような約束事も必要となるでしょう。反対に、そうしたルールやフォーマットのような仕組みがないブレストでは、たんに人が集まり、アイデアがいくつか出されるだけで、創造的な結果には結びつかないことが多くなります。

異質な要素がたがいに集まり、その場で関わりあえる場づくり、仕組みづくり。組織的な創造性を高めることを考えるうえでは、このあたりが1つのポイントになりそうです。

最近、あらためて「わからない」でいる自分を認めてあげることはとても大切なことだなと感じます。

簡単にわかってしまうのではなく、すこしでもわからないことにこだわってみることが大事。そこから従来誰も認めなかった問題が認識され、そこに社会全体を巻き込むようなイノベーションが生まれる機会があったりするのわけですから。

他人の話を聞く場合でも同じでしょう。話の腰が折れてしまうのを避けようと、不明な点があっても質問するのをためらうのはあまりよくないと思っています。

確かにコミュニケーション効率という観点に立てば、わからないことがあるたびに質問をはさむと、会話の流れが停滞したり、あちこちに逸れてしまったりして、限られた時間のなかで目指すゴールまで辿り着けなかったというケースもあるでしょう。

けれど、一方で、コミュニケーションにおいて効率ばかりが重視されるかというと必ずしもそうでないと思うんです。会話が最初から特定のゴールを目指していて、そこに向かって一直線に進んでいくのが良い会話というわけではないですから。

それにもともと多くの会話がどちらかというと最初からはっきりした特定のゴールを目指すものでもないでしょう。何らかの結論を出すことを目指す場合でも、最初からそれが何かを決めているわけではなく、むしろ会話の中でそれが結論をつくっていく場合も結構あります。その場合は、お互い考えていることが違う相手と衝突やすれ違いをおこしたり、質問などで相手との距離を埋めようとして話の流れが脇道にそれたりしながらも、寄り道できたおかげで、はじめは相手と自分のどちらも考えつかなかったようなアイデアに辿り着いたりというラッキーな結果になったりもします。このブログでたびたび多様性が重要だと書いてきたのとおなじです。

目の前の効率を重視するあまり、話が脇道にそれることや、会話の中で相手と衝突したりするのを必要以上に嫌ってしまい、自分がコントロール可能な道を選んでしまうと、思いもよらぬアイデアへと続く道を見失ってしまうリスクがある。埋もれたチャンスを逃さないためには、へんに「わかったふり」をしてお利口になるより、ちゃんと「わからない」ことを認められる馬鹿になることが必要だなとあらためて感じるのです。

さて、今回はそんな話と関係もある2本のイベントの告知と、ビズジェネで担当させていただいている連載記事「ThinkSocialな時代のビジネスデザイン」の更新のお知らせを以下で。

いま存在しない未来を自分たちの力でつくりあげようとする際、最も障害となるのはさまざまな外的な要因ではなく、実は、自分たち自身が無意識のうちにつくりあげてしまっている世界観=メンタルモデルだったりします。

とりたててARなどの仮想現実の技術を使わずとも、私たちは普段から抽象化というメガネをかけて本当の世界とは異なる世界像を見ています。そのメガネを通してみた世界観が個々人それぞれがもつモノの見方であるメンタルモデルです。メンタルモデルをあらかじめ形成しておくことで、私たちは普段の生活のなかで効率的に、効果的に行動するための判断を容易にしています。

ところが、そのメンタルモデルが、未来について考えようとする際には、誤った判断を生み出すバイアスとしても働いてしまうのです。現在に最適化したメガネが未来の映像を曇らせるのです。

過去の成功体験からつくられた「こうすれば儲かる」といったメンタルモデルが、ビジネス環境が変わっても、かつて存在した「こうすれば」と「儲かる」の関係性が失われたことを気づかなくさせてしまうことなどが、その典型でしょう。

そのため、自分たちの新しい未来の生き方や働き方を創造しようとすれば、何よりこの自分たち自身のメンタルモデルを自覚し、壊すことが必要になってきます。そのためのいろんな方法が実践的に研究されているのが、まさに現在の世界的な状況だと思いますが、今回は私たち自身がふだんイノベーション創出を目的としたプロジェクトを支援する際に考慮している事柄についてすこし紹介してみようと思います。

昨日(7月23日)、某会社で「デザイン思考」を中心的なテーマとした講演をする機会をいただきました。

このブログでもいつも述べているとおり、イノベーションの方法としてのデザイン思考という観点でお話をさせていただきましたが、今回は、なぜいま「デザイン思考」や「イノベーション」が求められているのか?という点を、世界的な「未来志向」の高まりという観点から考え、お話させていただきました。

イノベーションにつながる新しいアイデアを生み出そうとする際に、障害となるものが2つあります。

「マーケティング主導」と「技術主導」への偏りがそれです。

いずれも新しいアイデアを創出し、実現していく上では欠かせないものなのですが、そのいずれかに偏ってしまうとアイデアの可能性を狭めたり、アイデアそのものを凡庸なものにしてしまいがちです。

マーケティングと技術は、昔からよく対立するものといわれていますが、その対立そのものが新しいアイデアを阻む要因ではありません。仮にマーケティングと技術が仲良くやれたとしても、まだ障害は残ってしまうのです。

今回はそのあたりをすこし考えてみようと思います。

当ブログではこれまで繰り返し「デザイン思考は人間中心のイノベーションのための方法です」と書いてきました。

もちろん、実際に顔を合わせてデザイン思考についてお話をさせていただく際も同様に、「デザイン思考は、人間の暮らしや仕事にフォーカスすることで、意識の外で見えなくなってしまっているイノベーションの機会を見つけだし、それを具体的に実現していくための方法です」などと説明させていただいています。

ただ、時にこの「イノベーション」なる言葉がうまく伝わっていないと感じるケースもあったりします。

それがうまく伝わらないがゆえに、イノベーションの実現を目指そうとするのにも関わらず、目的地にたどり着くための地図を求めてしまったり、はじめから計算や計測や計画に頼ろうとしすぎてしまったり、既存の商品カテゴリーや従来どおりの定義に固執しすぎてしまったりします。

まだ見ぬ未踏の地へと向かおうとするのに、普段どおりの通勤でもするかのように最短ルートの検索ができることや行き先に辿り着くまでの正確な時間が把握できることを期待してしまうし、そもそも、そこに道や交通手段がないかもしれないと想像することさえできないのは困りものです。

舗装され、交通機関が首尾よく整備された道を、最短ルートや最安値の計算ができるよう提供される検索システムを用いて進んでいくのであれば、従来どおりのマネジメント思考が有効です。でも、いまその道はとても混雑しています。そもそも1つのカテゴリーで生き残れる商品の数はせいぜい3番手くらいまでだと思いますが、グローバルにつながった市場環境では市場自体が世界規模で統合されたために市場の数的には減っている状況です。そういう状況で従来どおりのカテゴリー内のシェア争いという戦略を選ぶのは賢いやり方ではないことは多くの人が気づいているはずです。あまりに混雑しすぎて、血みどろの戦いをしてもなお、勝てる見込みがなかったりするのですから。

だから、これまでにない市場の創出を試みようとする。ようするにブルーオーシャンを目指す。そのためには新たなイノベーションとその市場の創出を同時に行なうことになる。けれど、目的地さえ定かではない道なき道を歩いていかざるをえないイノベーションを目指すのであれば、従来のマネジメント思考的な計算や計画とは異なる、手探りによる前進を可能にするデザイン思考のほうが向いています。

イノベーションの実現を目指す活動に取り組む際、大事なことの1つは自分たちが実現しようとしていることの"社会性"についてよく考えてみることだと思います。

自分たちが実現しようとしているイノベーションは社会のどのような問題を解決するものなのか、どのような社会的な価値の創出に貢献するのか。そうした視点で、常に自分たちの活動を見直し、評価することが非常に大切です。

最近も相変わらず「デザイン思考のアプローチを取り入れると、どれだけ(ビジネス的な)成功が得られるの?」と訊かれます。残念ながら、その疑問からスタートしてしまうとデザイン思考の利点を十分に活かすことはできません。

デザイン思考は、人間中心のイノベーションを実現する手法です。「デザイン思考のアプローチを取り入れると、どれだけ成功が得られるの?」という思考からは、そもそもの「人間中心」の姿勢が抜け落ちてしまっています。デザイン思考は「人間中心」の姿勢に立った上でイノベーションを実現することを目的としますので、成功うんぬんをいうのであればイノベーションが実現できたかどうかが成功の指標です。

以前に書いた「コミュニティ中心のデザインが求められる参加型社会という記事の中でも指摘していますが、このグローバル化した経済のなかでの「つながった社会」において、企業は自らの社会的な存在意義を見つめ直すことが求められているはずです。様々な課題を抱えた社会において、社会がそれらの課題を乗り越えていくために、自分たちがどんな価値創出に貢献できるかをあらためて定義しなおせた企業だけが、これからの市場ではビジネス的な成功を得られるのではないでしょうか。そうした視点に立ったときにこそ、生きるのがデザイン思考の人間中心のアプローチだと思います。

6月9日の「未来のユーザー要求を創出する方法としてのデザイン思考」というタイトルで、「観察(オブザベーション)」をメインテーマにしたデザイン思考ワークショップの講師をしてきました。

あいにくの雨の中、40人の方にご参加いただき、1時間の講義のあと、実際に「行動観察」のワークをやっていただきました。実際にやってみる前は、なぜ観察するのか? 腑に落ちなかった方も含めて、参加いただいた方がそれぞれ何らかの気づきを得てお帰りになられたようなのでホッとしています。

ワークショップの様子に関しては、主催の好川さんがブログにまとめてくれています。

最初のエクスサイズは、代表者にゼリーを食べてもらい、その様子を観察するというものでした。2回行い、観察結果を併せて、簡単な利用者モデル像を作ってみるというものでした。

この演習については、人の行動では通常は見落としていることが多いことに気付いた人が多かったようです。

1時間程度の講義とこの「ゼリーを食べる人」の観察のあと、「スケッチをする人」の観察を行なって、計3時間のワークショップは終了になりました。

好川さんの記事中にもありますが、実際にワークで「観察(オブザベーション)」をやっていただいた前と後では、参加者の方々の「観察する」ということの意義の理解も大きく変わったのが感じられて非常に興味深かったです。短い時間の観察でもテーマを絞れば、気づきを与えることができるということを再認識させていただきました。