人間中心設計/デザイン思考の最近のブログ記事

何か新しいアイデアがほしいときに何人かで集まってブレインストーミングをやること自体は、もはやビジネスシーンで普通に見かけられるようになった光景ではないかと思います。数人が集まって、それぞれが思いついたアイデアをポストイットに書いて貼っていったり、ホワイトボードに書き出してみたり。アイデアをいろいろ考えること自体は楽しい作業なので、その場は他の業務を行なっているときよりも盛り上がることが多いと思います。

けれど、新しいアイデアが欲しくて行なったブレインストーミングが当初の目的どおりの成果を得られて成功に終わるかというと、その成功率は決して高くはないでしょう。なかなか斬新なアイデアが出てこなくて、ありきたりの答えばかりが集まってしまうというケースも多いと思います。

ブレストを成功させるための要素にはどんなものがあるのでしょうか? そもそも、おもしろいアイデアってどうしたら出せるんでしょうか?

今回は、そんなことをすこし考えてみようと思います。

複雑で、その解決方法が未知である課題の解決には、専門家だけがクローズドにアイデアを出し合うよりも、様々な視点をもった多様な人びとにオープンに課題解決の場に参加してもらいながら、課題解決の方法を模索していくことが有効だと、最近いろんな場面で実感するようになっています。

昨日の「対話の場のファシリテーションと多様性」でも、そのあたりにすこし触れてみましたが、今回は複雑な社会課題の解決を多様なステークホルダーを巻き込んだ共同デザインの形で進める事例なども紹介しつつ、オープンな場でのイノベーション創出、未来のデザインということについて考えてみようと思います。

昨日、「地域×女性 〜地域ではたらく未来の場づくり〜」と題されたフューチャーセッションに参加してきました。

本格的なフューチャーセッションへの参加は実ははじめてでしたが、とても盛り上がったセッションで楽しく刺激的な時間を過ごせました。

テーマがテーマだけに参加者の大半が女性を占めた雰囲気でしたので、最初は緊張もありましたが、セッションがはじめるとそれも和らいできて、他の参加者の方とさまざまなお話をすることができました。

ひさしぶりの更新となる今回は、そんなフューチャーセッションの話からスタートしつつ、デザインや思考のプロセスに"多様性"を持ち込むことの大事さについて、すこし考えてみようと思います。

昨日(7月23日)、某会社で「デザイン思考」を中心的なテーマとした講演をする機会をいただきました。

このブログでもいつも述べているとおり、イノベーションの方法としてのデザイン思考という観点でお話をさせていただきましたが、今回は、なぜいま「デザイン思考」や「イノベーション」が求められているのか?という点を、世界的な「未来志向」の高まりという観点から考え、お話させていただきました。

作りながら考える」。これはデザイン思考でアイデアを創出する際の基本姿勢です。

ですが、基本姿勢だからといって、それが実践できているかというと、どうでしょう? 皆さんはちゃんと実際に「作りながら考える」ことをしているでしょうか?

言葉で考え、言葉でアイデアを伝えるのではなく、イラストや簡単なプロトタイプを作成することで視覚的に具体的にアイデアを考え、それを他人に伝えるようにすること。それがなければデザイン思考ではないといっても過言ではないと想います。

6月9日の「未来のユーザー要求を創出する方法としてのデザイン思考」というタイトルで、「観察(オブザベーション)」をメインテーマにしたデザイン思考ワークショップの講師をしてきました。

あいにくの雨の中、40人の方にご参加いただき、1時間の講義のあと、実際に「行動観察」のワークをやっていただきました。実際にやってみる前は、なぜ観察するのか? 腑に落ちなかった方も含めて、参加いただいた方がそれぞれ何らかの気づきを得てお帰りになられたようなのでホッとしています。

ワークショップの様子に関しては、主催の好川さんがブログにまとめてくれています。

最初のエクスサイズは、代表者にゼリーを食べてもらい、その様子を観察するというものでした。2回行い、観察結果を併せて、簡単な利用者モデル像を作ってみるというものでした。

この演習については、人の行動では通常は見落としていることが多いことに気付いた人が多かったようです。

1時間程度の講義とこの「ゼリーを食べる人」の観察のあと、「スケッチをする人」の観察を行なって、計3時間のワークショップは終了になりました。

好川さんの記事中にもありますが、実際にワークで「観察(オブザベーション)」をやっていただいた前と後では、参加者の方々の「観察する」ということの意義の理解も大きく変わったのが感じられて非常に興味深かったです。短い時間の観察でもテーマを絞れば、気づきを与えることができるということを再認識させていただきました。

『デザイン思考と経営戦略』の中で、奥出直人さんは、「メンタルモデルの構築以外に次世代の商品やサービスを作る方法はないといってもよいくらいだ」と書いています。

奥出さんは、アンケート調査やFGIなどの「ユーザーの意見を聞く」形の消費者調査を行ないつつも、最終的にはアイデアマンが生み出す斬新なコンセプトに頼る従来の一般的な商品開発の方法を打開するものとして、民族誌的手法を挙げます。民族誌調査(エスノグラフィー)を行なうのは「メンタルモデルをエンジニアやデザイナーが作るため」だとした上で、先のようにメンタルモデルの構築を次世代の商品/サービス開発の方法とする考えを提起しているのです。

ではそもそも21世紀システムに向けてのデザインとは何か? それはいま社会で起こっている「やっかいな問題」を解決する方法である。そのために分析ではなく民族誌調査を行なう。仕様を決めて外注するのではなく、プロトタイプを何度も自分で作って設計を行なう。この作業の根幹に置くべきものがメンタルモデルなのである。

社会で起こっている問題を解決する方法の根幹に位置するメンタルモデル。

「人間中心」だからこそイノベーションにつながるアイデアは浮かんでくる」という記事で「人間が何かを体験している様子に目を向け、何故、その人はそんなやり方をしてるのか?とか、今、その人がそうすることで本当にやりたいことは何なのか?を考えてみる」ことの重要性を指摘しましたが、この「その人がそうすることで本当にやりたいことは何なのか?を考えてみる」ということこそがメンタルモデルを構築することだと言えます。

というわけで、今回はあらためてデザイン思考の核ともいえるメンタルモデルの構築がなぜ必要なのか?という点について、いくつかその理由を考えてみようと思います。

テリー・ウィノグラードは自身が編集にも関わった『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』 という本の中で「デザインとは生来ぐちゃぐちゃしたもので、クリエイティブな問題解決を含みつつも、それを超えたところにあるのだ」と書いています。

最近ようやく日本語における「デザイン」という言葉も、単なる見かけやスタイルをどうこうする作業やその結果を指すものではなく、創造的な問題解決を行なう作業であり、その結果を指す言葉であるという認識が広まってきましたが、ウィノグラードはさらにそれを一歩進めて、いやいやデザインって単に「クリエイティブな問題解決」というだけでもないんだよねーと言ってるわけです。もっとぐちゃぐちゃしたものだよ、って。

デザイン思考では、人びとに認められる革新的なサービスを生み出すために、「人間中心」の視点に立ち、人びとが行なっている事柄を詳細に観察(オブザベーション)することで潜在的なニーズを発見していきます。人びとが現在行なっている事柄を理解することを通じて、「○○することで、その人は本当は何をしたいのか?」と考えることで、本人も気づいていない隠れたニーズを発見し、革新的なプロダクトやサービスを生み出すためのきっかけとするのです。

前回の記事でも、イノベーションにつながる発想の鍵は、人びとの体験にフォーカスすることだと書きました。

それには他人の体験を見てみることからはじめてみることが必要なんだと思います。フィールドワークに出かけて、他人の体験に触れようと心がけることが大事なことだと思います。

実際のフィールドで、それぞれの人が気づかぬ課題を抱える体験を見つけること。そして、現状の体験を別のどんな体験に変えてあげることが、その人にとって価値あることなのか?を考えること。そういう「人間の体験」にフォーカスして考えるほうが、実は本当に革新的なソリューションが見つかる可能性は高まります。

生活や仕事が行なわれる日常において、人びとが実際、どんな作業をしていて、どんな体験をしているかを観察によって明らかにすること。人びとの日常の体験をそれが行なわれる文脈ごとつかみ取ること。それがデザイン思考で"観察(オブザベーション)"が重視される理由です。そして、そうした観察を通じて目にした具体的な作業や体験について、その人がそれを行なうことで本当にやりたいことは何なのか?を考えてみることから、人間中心のイノベーションははじまるのです。

なんとなく最近、自分自身のなかで"人間中心"に思考するということがこれまで以上にしっくりくるようになってきたのを感じています。

なぜ"しっくりくるようになってきた"ように感じるかというと、そうやって考えたほうがイノベーションにつながりそうなアイデアを発想しやすいことに気づいたからです。

"人間中心"、特に「ユーザーにとって解決すべき課題は何か?」という問いにこだわり、そのことを中心に思考を深め、展開していくことができれば、安易でありがちなソリューション発想に逃げずに済み、より根本的にこれまでにないユーザーの体験価値を生み出すアイデアの創出に集中できるということが自分自身の実感としてわかってきたからです。わかってきたというより、そういう頭の使い方に慣れてきたといったほうがいいのかもしれません。