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    <title>Think Social Blog</title>
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    <updated>2012-05-18T04:08:00Z</updated>
    <subtitle>デザイン思考（design thinking）でフレッシュな社会と体験価値を創造する。</subtitle>
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    <title>人間中心のイノベーションで大事なのは態度やマインドではなく具体的作業</title>
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    <published>2012-05-18T04:07:01Z</published>
    <updated>2012-05-18T04:08:00Z</updated>

    <summary>テリー・ウィノグラードは自身が編集にも関わった『ソフトウェアの達人たち―認知科学...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>テリー・ウィノグラードは自身が編集にも関わった<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4894717786/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4894717786">『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』 </a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4894717786" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />という本の中で<strong>「デザインとは生来ぐちゃぐちゃしたもので、クリエイティブな問題解決を含みつつも、それを超えたところにあるのだ」</strong>と書いています。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120518.jpg" width="520" height="373" /></p>
<p>最近ようやく日本語における「デザイン」という言葉も、単なる見かけやスタイルをどうこうする作業やその結果を指すものではなく、創造的な問題解決を行なう作業であり、その結果を指す言葉であるという認識が広まってきましたが、ウィノグラードはさらにそれを一歩進めて、いやいやデザインって単に「クリエイティブな問題解決」というだけでもないんだよねーと言ってるわけです。もっとぐちゃぐちゃしたものだよ、って。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>デザインは生来ぐちゃぐちゃしたもの</strong></big></h3>
<p>この「ぐちゃぐちゃした」状態をあまり好まない人は結構います。</p>
<p>ぐちゃぐちゃしていてわかりにくい状態を嫌って、定義やわかりやすい表現を求めがちです。計画どおりに進むプロセスやあまり考えなくても手順どおりに進められる流れ作業的なものを好みます。</p>
<p>でも、残念ながら「生来ぐちゃぐちゃしたもの」であるデザインはそれを許してくれません。</p>
<p>だから、ウィノグラードは別の箇所でこうも書いています。</p>
<blockquote><p>デザインは、注意深く計画し、それを実行するプロセスではなく、相手、つまりデザインされているものが、予想外の中断や寄与を生む対話なのである。デザイナーは、そこに起こりつつあるデザインに耳を傾け、それを形作っていくのだ。</p>
<div style="text-align: right;">テリー・ウィノグラード<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4894717786/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4894717786">『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』 </a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4894717786" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>デザインのプロセスはデザイナーの立場からの１つの視点で計画された線形のプロセスに従うのではなく、本来は問題解決を必要とするユーザーをはじめとして複数の立場からの視点が交差するなかで、まさにいくつも「ぐちゃぐちゃした」状況にまみれながらも、人びととの交流のなかで対話的に進んでいくものだと思います。まさに様々なステークホルダーを巻き込みながら、いっしょにデザインを行なう「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a>」のほうが本来的なデザインなのです。</p>
<h3><big><strong>問題が何かをクリエイティブにとらえるのもデザインの仕事</strong></big></h3>
<p>だから、デザインは「クリエイティブな問題解決」策として、なにか１つの製品を作りました／設計しましたという話ではなく、最初に引用したウィノグラードの言葉に続く次の言葉にあるように、そもそも<strong>問題が何かをクリエイティブに捉える</strong>ことも含んでいるのです。</p>
<blockquote><p>デザインは、問題が何かをクリエイティブにとらえるところから始まり、人々の必要とするものを彼らが認識する前に描き出すことなのである。</p>
<div style="text-align: right;">テリー・ウィノグラード<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4894717786/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4894717786">『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』 </a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4894717786" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>「問題が何かをクリエイティブにとらえる」というのは先日の「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/11.html">「人間中心」だからこそイノベーションにつながるアイデアは浮かんでくる</a>」で書いた「革新的な答えを見つけるためには、革新的な問いを見つけることが大事」ということと同様です。「解決すべき問題は何か？」という問いがデザインの出発点に置かれない限り、問題解決としてのデザインの結果もそれほどクリエイティブなものにはなりえません。</p>
<p>これだけモノ余りといわれる時代において、競合他社とのシェア争いにしかつながらないような「この製品カテゴリーにおいて他者に秀でたユーザー体験を届けられる製品はどういうものか？」といった問いしか立てられないのであれば、それがまったく新しいユーザー体験を創造する市場にいまだ存在したことがない製品／サービスを生み出すようなイノベーションにつながらないのは当然です。</p>
<p>それなのに、デザイナーが従来どおり、外から解決すべき問題が与えられるのを口を開けて待っている状態では、社会的にも、ビジネス的にも、イノベーションが生まれる環境が立ち上がってこなくても致し方ないことでしょう。この状況を打破していくためには、<strong>デザインとは創造的な問題解決というだけでなく、創造的な問題創出でもある</strong>と捉え直すことがとても重要だと思います。</p>
<h3><big><strong>顧客自身が必要であることに気づかないものを見つけて描き出す</strong></big></h3>
<p>デザインが創造的な問題創出でもあるということは、先の引用中の「人々の必要とするものを彼らが認識する前に描き出す」といったあたりにも重なってきますし、顧客自身も気づかないニーズを見出し、それに応えるというデザイン思考の根本姿勢にももちろんつながります。</p>
<p>そして、それは以前書いた「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/blog/?p=875">顧客は、何を欲しいのかを知らない</a>」という記事中でも紹介した、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4864010048/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4864010048">『デザインのためのデザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4864010048" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />の中のフレデリック・P・ブルックスJr.の次のような言葉とも同じものでしょう。</p> 
<blockquote><p>デザイナが提供する主なサービスは、顧客が何をデザインしてほしいのかを見つけ出す手助けをすることである。</p>
<div style="text-align: right;">フレデリック・P・ブルックスJr.<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4864010048/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4864010048">『デザインのためのデザイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4864010048" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>この「人々の必要とするものを彼らが認識する前に描き出す」ことや「顧客が何をデザインしてほしいのかを見つけ出す」ためにデザイン思考では、人びとが日常、生活や仕事をしている現場における行為の観察を重視するのです。</p>
<p>その調査では、顧客／ユーザーを理解するための調査という点では似たようなものにみえるマーケティングリサーチとは違って、その人の価値観や考え方、ある製品を使った上での満足点や不満点などを質問したりしません。当然です。その人自身が必要と気づいていないものを見つけ出すことが求められているのですから、その人が気づいていないものについて、その人に質問しても仕方ありません。</p>
<p>そうではなく、人びとの生活や仕事の現場で、彼らに弟子入りしたつもりになって、彼らの行動を自分自身で身につけられるくらいに理解し、自分自身をその行動のコンテキストに入り込ませることで、「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/16.html">○○することで、その人は本当は何をしたいのか？</a>」を考えられるようになるのが、デザイン思考でのユーザーリサーチです。人びとの行なっている行動が、どんな物理環境、使用する道具、経済状況、人間関係、習慣や暗黙的なルールなどの文化的状況に影響を受けているのかを理解した上で、それらとの関係を組み替えることでまったく新しいユーザー体験価値を生み出せる可能性はないかを考えるのです。</p>
<h3><big><strong>人間中心のイノベーションのためには態度ではなく作業が必要</strong></big></h3>
<p>こうした「師匠と弟子」モデルとも呼ばれるアプローチを用いてエスノグラフィーを行ない、さらにそこでの観察結果を前回の「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/16.html">○○することで、その人は本当は何をしたいのか？</a>」のなかで紹介したようなワークモデル分析などを用いて解釈していく作業を通じて、「人々の必要とするものを彼らが認識する前に描き出す」ことが、デザイン思考を使った、人間中心のイノベーションのためのアクションです。</p>
<p>先の<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4894717786/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4894717786">『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』 </a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4894717786" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />という本の第13章にあたる「ソフトウェア・デザインを支える組織」のなかで、ローラ・デ・ヤングが<strong>「ユーザーに焦点を合わせるというのは、単なる態度ではない。そのための作業が必要なのだ」</strong>と書いていますが、まさに「人間中心」というのは態度でもなければ、単なる意識や理解でもなく、「人間中心」に問題を捉え解決するための方法を用いた実際の作業を行なうことを言います。</p>
<p>時折、「人間中心」というものが頭では理解できているが、実際に実行できないというお話を伺うことはありますが、それは捉え方が反対なのだと思います。従来の非「人間中心」の方法で作業を行っているのだとしたら「人間中心」に思考できるはずはないのです。そうではなく「人間中心」に思考しようとすれば、それに合った「人間中心」の方法で作業を行なうことからはじめないといけません。態度やマインドより具体的な作業をやってみることが重要です。本当に、態度やマインドを変えたいのであれば、「人々の必要とするものを彼らが認識する前に描き出す」ことができるようになるまで繰り返し作業を行ってみることだと思います。</p>
<p>そこを頭だけで理解したつもりになろうとしてしまうから、いつまで経っても「人間中心」にも「デザイン思考」にもならないのだと思います。「作りながら考える」というデザイン思考のキーとなる姿勢はデザイン思考そのもののスキル習得にもいえることだと思いますし、何よりデザインとは、予想外の中断や寄与が生まれるようなぐちゃぐちゃした対話のなかで、そこに起こりつつあることに耳を傾け、それを形作っていくプロセスなのですから。</p> 
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/11.html">「人間中心」だからこそイノベーションにつながるアイデアは浮かんでくる</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/16.html">○○することで、その人は本当は何をしたいのか？</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/blog/?p=875">顧客は、何を欲しいのかを知らない</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>○○することで、その人は本当は何をしたいのか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/16.html" />
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    <published>2012-05-16T10:50:06Z</published>
    <updated>2012-05-16T11:25:35Z</updated>

    <summary>デザイン思考では、人びとに認められる革新的なサービスを生み出すために、「人間中心...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="イノベーション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>デザイン思考では、人びとに認められる革新的なサービスを生み出すために、「人間中心」の視点に立ち、人びとが行なっている事柄を詳細に<strong>観察（オブザベーション）</strong>することで潜在的なニーズを発見していきます。人びとが現在行なっている事柄を理解することを通じて、「○○することで、その人は本当は何をしたいのか？」と考えることで、本人も気づいていない隠れたニーズを発見し、革新的なプロダクトやサービスを生み出すためのきっかけとするのです。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120516.jpg" width="520" height="348" /></p>
<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/11.html">前回の記事</a>でも、イノベーションにつながる発想の鍵は、人びとの体験にフォーカスすることだと書きました。</p>
<blockquote><p>それには他人の体験を見てみることからはじめてみることが必要なんだと思います。フィールドワークに出かけて、他人の体験に触れようと心がけることが大事なことだと思います。</p>
<p>実際のフィールドで、それぞれの人が気づかぬ課題を抱える体験を見つけること。そして、現状の体験を別のどんな体験に変えてあげることが、その人にとって価値あることなのか？を考えること。そういう「人間の体験」にフォーカスして考えるほうが、実は本当に革新的なソリューションが見つかる可能性は高まります。</p>
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/11.html">「人間中心」だからこそイノベーションにつながるアイデアは浮かんでくる</a></div></blockquote>
<p>生活や仕事が行なわれる日常において、人びとが実際、どんな作業をしていて、どんな体験をしているかを観察によって明らかにすること。人びとの日常の体験をそれが行なわれる文脈ごとつかみ取ること。それがデザイン思考で"観察（オブザベーション）"が重視される理由です。そして、そうした観察を通じて目にした具体的な作業や体験について、その人がそれを行なうことで本当にやりたいことは何なのか？を考えてみることから、人間中心のイノベーションははじまるのです。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>「○○することで、その人は本当は何をしたいのか？」を考える</strong></big></h3>
<p>エスノグラフィーなどの観察や、その観察結果の分析などを通じて、「○○することで、その人は本当は何をしたいのか？」を考えていく過程では、次のようなことを明らかにしていくことになります。</p>
<ul>
	<li>誰が何をしているのか？</li>
	<li>その人自身は何をしているつもりでいるのか？</li>
	<li>何のためにそれをしているのか？</li>
	<li>その人は本当は何を成し遂げたいのか？</li>
	<li>その人がそのやり方でそれを行なっているのは何故か？　その人にそのやり方を選ばせている物理的環境、心理的状況、経済的状況などはあるか？　それは何なのか？</li>
	<li>いまのやり方を選ばせている状況を変化させることはできそうか？</li>
	<li>いまのやり方を選ばせている状況を変化させることで、別のやり方を生み出すことで、その人にどんな優れた体験を与えられそうか？</li>
</ul>
<p>実際に日常生活や仕事が行なわれている現場で観察を行なうこと自体も大事なのですが、こうしたことに思いを巡らせることで、人びとが現在行なっている体験をどのようなものに変化させると大きな革新につながるか？という糸口を見つけることが重要です。解くべき問題の設定自体が間違っていたり、つまらないものであれば、どんなに解き方が優れていても、人びとに認められるイノベーションの創出にはつながらないのですから。</p>
<h3><big><strong>人びとの行動を図解化しながら理解する</strong></big></h3>
<p>その意味では、エスノグラフィーなどによる人びとの行動観察の結果をどう分析〜解釈していくかが非常に重要です。</p>
<p>インタビュー調査の分析とは異なり、観たことをどう意味付けていくかは、分析者の解釈次第であり、そこで十分な意味の発見がなされなければ、どんなに観察調査を行ったところで価値はありません。また、インタビューとは異なり、そもそもの調査結果が必ずしも言葉になっていないわけですから、それを複数人で共有し理解しあったうえで分析〜解釈を行なっていこうとすれば、観察結果をどのように表現して、共有から解釈までを行なっていくかも大事なポイントとなります。</p>
<p>言葉として表現されていない人びとの行動という観察結果を共有し解釈していくためには、<a href="http://www.coprosystem.co.jp/blog/?p=148">ワークモデル分析</a>や<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">サービスブループリント</a>などの図解化による分析手法が非常に有効です。</p>
<p>「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">サービスブループリントを使って病院のサービスプロセスを分析した事例</a>」という記事では、<a href="http://adaptivepath.com/">Adaptive Path</a>が担当した<a href="http://www.upmc.com/Pages/default.aspx">UPMC(University of Pittsburgh Medical Center)</a>というペンシルベニア州ピッツバーグにある病院のサービスデザインの事例で、サービスブループリントが調査結果の分析に使われたことを紹介しました。</p>
<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/upmc01.png"><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/assets_c/2012/02/upmc01-thumb-500x322-250.png" width="500" height="322" /></a></p>
<p>（参照元：slideshare <a href="http://www.slideshare.net/jaminhegeman/upmc-neuro-clinic-service-design">"UPMC Neuro Clinic Service Design"</a>、以下同様）</p>
<p>事例では、病院でサービスを受ける患者の体験が、上のように図式化によって分析〜解釈されました。患者の体験とそれに対応するサービススタッフやシステムの動きを図によって明らかにすることで、患者の体験を変革する糸口を見出しています。</p>
<p>この事例に関しては、<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">先の記事</a>やその記事を書くのに参照した以下のスライドに詳しく示されていますので、興味のある方はぜひ参照してみてください。</p>
<div style="width:510px" id="__ss_3411367"> <strong style="display:block;margin:12px 0 4px"><a href="http://www.slideshare.net/jaminhegeman/upmc-neuro-clinic-service-design" title="UPMC Neuro Clinic Service Design" target="_blank">UPMC Neuro Clinic Service Design</a></strong> <iframe src="http://www.slideshare.net/slideshow/embed_code/3411367" width="510" height="426" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe> <div style="padding:5px 0 12px"> View more <a href="http://www.slideshare.net/" target="_blank">presentations</a> from <a href="http://www.slideshare.net/jaminhegeman" target="_blank">Jamin Hegeman</a> </div> </div>
<h3><br /><big><strong>５つの視点で人びとが行なう行動とそのコンテキストの関係を明らかに</strong></big></h3>
<p>サービスブループリントはあくまでサービスを利用するユーザーとサービス提供者の関係を、ユーザー体験の視点から図解するものですが、ワークモデル分析のほうはより広範囲にわたって人間が行なう行動を分析することができる図解の方法です。</p>
<p>ワークモデル分析については、以前に「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/blog/?p=148">ワークモデル分析：行動とコンテキストの関係を明示する</a>」という記事も書かせていただいているとおりで、人びとが行なう行動とそのコンテキストの関係を明らかにする方法であり、具体的には以下の５つのモデルで行動を図に落とし込んでいくことで、人びとのいま行なっている行動がどんなコンテキストからどんな影響を受けているかを理解していく手法です。</p>
<ul>
	<li><strong>フローモデル</strong>：その行動が行われた際、他の人とどのようなコミュニケーションが成されたか？を明らかにするモデル</li>
	<li><strong>シーケンスモデル</strong>：その行動はどのような手順で行われたか？を明らかにするモデル</li>
	<li><strong>物理モデル</strong>：どのような物理的環境で行動が行われていたか？を明らかにするモデル</li>
	<li><strong>文化モデル</strong>：どのような文化的コンテキスト（組織のルール、人間関係etc.）の下で行動が行われたか？を明らかにするモデル</li>
	<li><strong>アーティファクトモデル</strong>：動を行う際、どのような道具が用いられ、どのような人工物（メモや写真撮影etc.）が作成されたか？を明らかにするモデル</li>
</ul>
<p>この５つのモデルのうちのいくつかを図示しながら、複数の角度から観察でみられた人びとの行動を共有し、解釈することで、人びとの行動をより深く理解し、「○○することで、その人は本当は何をしたいのか？」を考えていくのです。</p>
<p>サービスブループリントやワークモデル分析のほかにも、質的調査の分析法としては古くから使われている<a href="http://www.coprosystem.co.jp/blog/?p=335">KJ法</a>も、私は行動観察結果の分析によく用いています。KJ法の場合は、サービスブループリントやワークモデル分析よりも特定のフレームがない分、分析に苦労はしますが、その代わりにしっかり分析すればより深い洞察が導かれるので、私自身は一番好む分析方法だったりします。</p>
<p>エスノグラフィーなどによるフィールドでの行動観察とこうした質的調査の分析手法を組み合わせながら、「○○することで、その人は本当は何をしたいのか？」という隠れたニーズを発見すること。それが「人間中心」でイノベーションを生み出す最初のステップです。この最初のステップで間違えないことがとても重要だと私は感じています。</p>
<h3><big><strong>P.S. 行動観察の分析手法を体験的に学びたい方へ</strong></big></h3>
<p>このあたりの行動調査の結果を元にしたワークモデル分析やKJ法の使い方は「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/service/integration/human_centered_design_02.html">人間中心デザイン体験ワークショップ</a>」でも実際に体験していただくことが可能です。興味のある方はぜひご相談ください。</p>
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/11.html">「人間中心」だからこそイノベーションにつながるアイデアは浮かんでくる</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">サービスブループリントを使って病院のサービスプロセスを分析した事例</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/blog/?p=148">ワークモデル分析：行動とコンテキストの関係を明示する</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/blog/?p=335">KJ法で質的データの分析を行う</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「人間中心」だからこそイノベーションにつながるアイデアは浮かんでくる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/11.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.214</id>

    <published>2012-05-11T12:27:55Z</published>
    <updated>2012-05-11T12:27:26Z</updated>

    <summary> なんとなく最近、自分自身のなかで&quot;人間中心&quot;に思考するということがこれまで以上...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="イノベーション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[ <p>なんとなく最近、自分自身のなかで"人間中心"に思考するということがこれまで以上にしっくりくるようになってきたのを感じています。</p>
 <p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120511.jpg" width="520" height="390" /></p>
 <p>なぜ"しっくりくるようになってきた"ように感じるかというと、そうやって考えたほうがイノベーションにつながりそうなアイデアを発想しやすいことに気づいたからです。</p>
<p>"人間中心"、特に「ユーザーにとって解決すべき課題は何か？」という問いにこだわり、そのことを中心に思考を深め、展開していくことができれば、安易でありがちなソリューション発想に逃げずに済み、より根本的にこれまでにないユーザーの体験価値を生み出すアイデアの創出に集中できるということが自分自身の実感としてわかってきたからです。わかってきたというより、そういう頭の使い方に慣れてきたといったほうがいいのかもしれません。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>「人間の体験」を思考の中心におく</strong></big></h3>
<p>とにかく、とにかく人間の体験に思考のフォーカスを当てることだと思います。最初は、それ以外のことを考えなくていいんです。どういうイノベーションを起こすか？とか、どんな技術や製品でイノベーションを起こすか？なんて考えた瞬間、思考のフォーカスはブレブレになるし、従来通りの発想の枠組みに囚われて逃れられなくなります。</p>
<p>それよりもとにかく人間が何かを体験している様子に目を向け、何故、その人はそんなやり方をしてるのか？とか、今、その人がそうすることで本当にやりたいことは何なのか？を考えてみることです。やることは行動観察なんですが、当たり前に見えているものをいつもの頭で見るというより、頭を切り替えることで見えていないものがそこに存在することに気づくことです。</p>
<p>そういう見方をすることで、はじめて「人間の体験」を思考の中心におくことができるようになります。それぞれの人が現状の体験のなかに、本人さえもそうとは知らずに抱えている問題を、別のどんな体験に変換してあげることで課題は解決され、その人が価値を感じられるような状態を生み出せるか。間違えがちなのは、そこにいる人の思いにフォーカスしようとすることですが、そうではなく、あくまで実際の体験や、その体験がなされる状況に目を向けることが「人間中心」で考えるということです。</p>
<h3><big><strong>革新的な答えを見つけるためには、革新的な問いを見つけることが大事</strong></big></h3>
<p>もちろん、それには他人の体験を見てみることからはじめてみることが必要なんだと思います。フィールドワークに出かけて、他人の体験に触れようと心がけることが大事なことだと思います。</p>
<p>実際のフィールドで、それぞれの人が気づかぬ課題を抱える体験を見つけること。そして、現状の体験を別のどんな体験に変えてあげることが、その人にとって価値あることなのか？を考えること。そういう「人間の体験」にフォーカスして考えるほうが、実は本当に革新的なソリューションが見つかる可能性は高まります。</p>
<p>逆に、従来のように、人びとのどんな体験にまつわる課題を解決するかを問うことを疎かにしたまま、表面的な課題の解決のためのソリューションやコンセプトをどうするかという方向に安易に逃げ込んでしまうから、どこにでもあるありきたりのものができてしまうのだと思います。それは間違いなくアイデアが貧困というよりも、問いの立て方が間違っているのです。ありきたりの課題に対してはありきたりの答えしか見出せません。革新的な答えを見つけるためには、誰も気づいていない人びとの課題を見つけることで、それをどうしたら解決できるか？と革新的な問いとして発する必要があるのです。</p>
<h3><big><strong>型にはまりたくなければ型を使うな</strong></big></h3>
<p>それから、もう１つ。わざわざ自分の思考を革新的なところから遠ざけてしまう罠があります。まず型（フレームワーク）を想定して、それに様々な事象を当てはめることで答えを導き出そうとする演繹的な思考法がそれです。「人間中心」で行なうデザイン思考という思考方法はそれとはまったく別です。どちらかというと帰納的に個別の具体的な事象を収集して並べることで、型と考えられそうなものを発見するような思考を行ないます。</p>
<p>いま話題の「ビジネスモデル・ジェネレーション」に僕自身がすこし違和感を感じるのは、その点です。一見、デザイン思考的なスタイルを踏襲しているように見えますが、最初から型として決まったフレームワークにこだわりすぎている点で、だいぶデザイン思考的な方法とは相反するところがあるように思います。もちろん、そのことをはっきりと認識して用いることで、そんな問題は回避できます。ぜひフレームの罠に注意して利用していただきたいものです。</p>
<p>さて、デザイン思考はどちらかというと帰納的と言いましたが、さらに正確に言うなら、デザイン思考の本質の部分はアブダクションです。アブダクションについては拙著<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4534045727/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&tag=desiitwlove-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4534045727">『デザイン思考の仕事術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&l=as2&o=9&a=4534045727" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
に詳しく書いていますので、そちらを参照していただきたいのですが、簡単にいえば、<strong>いまだ説明がなされていない謎を発見し、その謎に関する説明を仮説として組み立てる思考の働かせ方がアブダクション</strong>です。まさに先ほど、人間中心で考えるということは「誰も気づいていない人びとの課題を見つけ」、「それをどうしたら解決できるか？と革新的な問いとして発する」ことだと書いたのと同じですよね。</p>
<h3><big><strong>目の前の困ってる人を助けようとする際に、商品企画とか技術開発とかはじめますか？</strong></big></h3>
<p>昨日の「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/10.html">デザイン思考の使い方を間違えないために...</a>」という記事でも書いたように「デザイン思考はイノベーションの方法」です。イノベーションを求めるときに、演繹的な思考態度で、決まったフレームワークに当てはめることで物事の説明を成そうとするのでは、あまりにイノベーションが起こる可能性を自ら塞いでしまいすぎだと思いませんか。</p>
<p>型にはまった物の見方をやめて、普通のものをこれまでにない見方でみることがデザイン思考の特徴の１つです。そして、それには「人間中心」になるのが実は一番の近道なんだと僕は最近実感しています。本当はすごくシンプルなことなんです、「人間中心」で考えるというのは...。</p>
<p>だって、ちょっと想像してみて下さい。</p>
<p>自分の目の前にいる人がなにか困っていないかと互いに気遣い、何らかの答えを出してやろうとする姿勢。それって当たり前のことだと思いますが、それが本来「人間中心」で考えるデザイン思考のベースにあるものなんだと思います。</p>
<p>にもかかわらず、困っている相手をどうにかしようとする時に、最初から答えをして出すものを「商品」に絞ってしまったりするからおかしくなるわけです。そういう妙な縛りから解放されて、シンプルに人びとの困っていることに目を向けて、これからの社会をどう変革していくか？を考えることから、より自由な発想でソーシャルイノベーションの種は生まれてくるのだと思います。</p>
<p>というわけで、これからますます人間に目を向けて、ぜひみなさんといっしょに新しい社会の形を模索していきたいと思いますので、何か相談などございましたらお気軽にご相談ください。</p>
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/10.html">デザイン思考の使い方を間違えないために...</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>デザイン思考の使い方を間違えないために...</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/10.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.213</id>

    <published>2012-05-10T08:19:03Z</published>
    <updated>2012-05-10T08:53:40Z</updated>

    <summary> 本日発売された奥出直人さんの『デザイン思考と経営戦略』をさっそく手に入れました...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[ <p>本日発売された奥出直人さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4757122942/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4757122942">『デザイン思考と経営戦略』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4757122942" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />をさっそく手に入れました。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120510.jpg" width="520" height="390" /></p>
<p>前作の<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152087994/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4152087994">『デザイン思考の道具箱』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4152087994" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />も大変おもしろい本で、私自身、デザイン思考を身に付け、デザイン思考というものについて考え、実践していくためにとても参考にさせていただいた一冊でした。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>デザイン思考は方法であって、創造性を生み出す仕組みではない</strong></big></h3>
<p>そんなこともあって今回の新著も発売の情報を知ると同時に楽しみにしており、今朝さっそく購入させていただいたわけです。</p>
<p>パラパラと序章を読みはじめているのですが、やっぱり私の立場だとこんな文章に共感を感じてしまいます。</p>
<blockquote><p>この方法が注目されて、多くのデザイン・コンサルタントが企業に対してデザイン思考のワークショップを提供した。創造性を引き出すワークショップとしてはかなり有効である。それはデザインという創造性のためのよく練りあげられている方法を、デザインの専門家の特権的な道具から多くの人が創造性を感じることができる方法へと変換してみせたからだ。だがデザイン思考は方法であって、創造性を生み出す仕組みではない。デザイン思考に入る前にアイデアや思いを持っていなくてはならない。</p>
<div style="text-align: right;">奥出直人<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4757122942/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4757122942">『デザイン思考と経営戦略』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4757122942" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>私自身、ここで引き合いに出される「企業に対してデザイン思考のワークショップを提供した」コンサルタントの１人です。だからこそ「デザイン思考は方法ではない」という言葉を序章の段階で書かなくてはいけない著者の思いがすこし理解できるつもりです。</p>
<p>デザイン思考は方法であって、自動的に創造性を生み出すシステムではありません。自動機械ではないからこそ、方法を有効に用いるモチベーションとなるような強い思いやアイデアが必要になります。</p>
<h3><big><strong>デザイン思考の使い方が間違っている</strong></big></h3>
<p>アイデアのほうはともかく、強い思い自体はデザイン思考そのものからは出てきません。</p>
<p>もっと根本的なところで、自分自身や自分たちの組織が社会とどう向き合い、どう関わっていくかということを真剣に考える姿勢からしか思いは生まれてこないのではないかと思います。思いがあるかどうかということに関しては思考というより姿勢＝生き方が問われるはずです。</p>
<p>にもかかわらず、残念ながら実際は、あたかも「デザイン思考」が何らかの魔法であるかのように原動力となる「強い思い」がないまま、デザイン思考という方法にしがみつき、なんとなくデザイン思考の真似事をやってみたものの結果が出せずに失望するということが少なからず起こっているように感じます。</p>
<blockquote><p>企業とデザイン思考の関係は、P&amp;GとGEの例を除いてそれほどめざましい効果はなく、最近では失望の声すら上がっている。しかし、その批判は企業活動において、デザイン思考の使い方が間違っていることに由来する。</p>
<div style="text-align: right;">奥出直人<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4757122942/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4757122942">『デザイン思考と経営戦略』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4757122942" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>「デザイン思考はイノベーションを可能にするビジネスの方法として適切に位置づけて初めて価値が生まれる」と著者は言っています。これはデザイン思考が方法である限り、当然のことでしょう。方法なのだから正しい場面で用いない限り、結果が出ることはないのですから。</p>
<p>そして、デザイン思考はほかならないイノベーションを可能にする方法です。そのためにはどんなところでどんな人たちのためにイノベーションを実現しようとするのかという強い思いが必要なのです。</p>
<h3><big><strong>デザイン思考は２〜３日の合宿で学べるものではない</strong></big></h3>
<p>序書の前にさかのぼって「まえがき」を読むと、こんな一文も見つかります。</p>
<blockquote><p>デザイン思考は発想法ワークショップの方法論ではない。観察し、コンセプトを作り、社会に持ち込み、社会を変革するための方法なのである。２〜３日の合宿で学べるものではない。１年２年とかけて身につけるのだ。</p>
<div style="text-align: right;">奥出直人<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4757122942/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4757122942">『デザイン思考と経営戦略』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4757122942" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>デザイン思考が「発想法ワークショップの方法論ではない」のは当然でしょう。それはイノベーションの方法なのですから。発想だけではダメで、その発想をプロトタイピングなどの手法を用いながら具体化し、顧客に、社会に問いながら、社会的な変革を実現していくことがデザイン思考だと思います。</p>
<p>その意味では残念ながら本書の帯にあるような「日本のものつくり再生のため」の方法でもないでしょう。このブログでは何度も繰り返してきているように、これからの時代のイノベーションに必ずしも「ものつくり」は必要ではないのですから。</p>
<p>すこし話が逸れました。上の引用にも私は共感したのですが、それはデザイン思考が「社会を変革するための方法」であるがゆえに、「２〜３日の合宿で学べるものではない」し、身につけるのに平気で１年や２年はかかるという点です。</p>
<p>しかも、すでに述べたように方法を身に付けただけではデザイン思考は意味を成しません。「社会を変革するための方法」であるデザイン思考を有効に機能させるためには、何のために社会を変革したいのか、どんな風に変革したいのか？という強い思いが不可欠だからです。そんな強い思いを受け止める方法は２、３日のワークショップで身につけられるはずはありません。</p>
<h3><big><strong>デザイン思考とワークショップ</strong></big></h3>
<p>けれど、誤解しないでください。デザイン思考ワークショップが無意味であるということを私は言いたいのではないということを。無意味だと思っていたら、ワークショップを何度も開催したりはしません。</p>
<p>そして、この本の著者の奥出さんも同様の考えなのではないかと、この本の構成をみて感じました。というのも、この本の半分はデザイン思考ワークショップのために割かれているのですから。</p>
<p>さあ、ぜひご自身で手にとって読んでみてください。これからの時代、イノベーションの方法であるデザイン思考は必要不可欠なものだと思いますので。</p>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/02.html">コミュニティ中心のデザインが求められる参加型社会</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/09.html">サステナブルかつ無常なシステムとデザイン思考</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>サステナブルかつ無常なシステムとデザイン思考</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/09.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.212</id>

    <published>2012-05-09T02:08:00Z</published>
    <updated>2012-05-09T03:35:26Z</updated>

    <summary>「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」 鴨長明の『方丈記』の有名な一...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="ソーシャル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」</p>
<p>鴨長明の『方丈記』の有名な一節です。このフレーズで示されているのは、川の流れが絶えないという持続可能な状態と、それに一見矛盾するような、けれど、流れる水は常に異なっているという無常観だと思います。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120508.jpg" width="520" height="346" /></p>
<p>サービスデザインにしてもその他のソリューションを考えるにしても、これからの社会で持続可能なしくみというものを考えていこうとすれば、このフレーズで描かれた「ゆく川」のように、持続可能でありながら常に変化しているようなしくみとして実現されることが重要になってくると思っています。</p>
<p>今回は、そんなサステナブルかつ無常であるしくみについて、すこし考えてみたいと思います。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>「われわれは、ひとつの世界に生きている」</strong></big></h3>
<p>さて、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4153200123/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4153200123">『デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4153200123" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />の中でIDEOのティム・ブラウンは、現代の「商品の販売者やサービスの提供者と購入者の間の力学」の変化として、</p>
<ol>
	<li>消費者が機能的な製品よりも幅広く満足できる経験を求めるようになるとともに、製品とサービスの間の境界が曖昧になってきている</li>
	<li>個々の製品やサービスが複雑なシステムへの変化する中で、デザイン思考が新たな規模で適用されつつある</li>
	<li>メーカー、消費者、その間にいるすべての人びとのなかで、工業化時代の特徴であった大量生産と無分別な消費のサイクルはもはや持続可能ではないという「限度」の時代の到来が共通認識されるようになった</li>
</ol>
<p>を３つのトレンドを挙げた上で、こんな風に書いています。</p>
<blockquote><p>これらのトレンドは、必然的にひとつの点に収束する。つまり、デザイン思考を利用して、参加型の新たな社会契約を確立すべきだということだ。「買手市場」や「売手市場」といった対立的な言葉で考えるのはもはや不可能だ。われわれは、ひとつの世界に生きているからだ。</p>
<div style="text-align: right;">ティム・ブラウン<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4153200123/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4153200123">『デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4153200123" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>「ひとつの世界」という言葉で捉えられた、買い手と売り手という非対称な対立が維持できなくなった状況に関しては全面的な同意を感じます。そして、その「ひとつの世界」においては、買い手と売り手という非対称な対立に代わる「参加型の新たな社会契約を確立」することが求められているということについても同様の考えを持ちます。</p>
<p>それについては、前回「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/02.html">コミュニティ中心のデザインが求められる参加型社会</a>」という記事のなかで、現在、そして、これからの時代を「自分がどのようなコミュニティの中で、誰とどんな風に生きていくのかということを真剣に問うことが求められる時代」だと書いたことにもつながります。また、同じくその記事で書いたとおりで、企業の側も「どんな人たちの集うコミュニティに自分たちがどんな役割を果たす存在として関与していくかを、あらゆる企業が見つめ直すときがすぐそこに迫っている」のが今なんだと思います。</p>
<p>この<strong>誰とどんな風に生きるか？の問いに基づいて形成されるコミュニティが、買い手と売り手という不均衡な対立軸から解放された消費者と企業の織り成す「ひとつの世界」で確立すべき社会契約の１つの形態</strong>なのだと考えてます。そして、そうした社会契約の形としてのコミュニティをいかに創出するかがデザイン思考に課せられた課題なのだろうと考えます。</p>
<h3><big><strong>「従業員自身がデザイン思考家になる」</strong></big></h3>
<p>僕はこのあたりにいま注目される「サービスデザイン」について考えるヒントがあると思っています。まず１つのポイントとして挙げておきたいのは、サービスの持続可能性について考えるとき、<strong>サービスのしくみをすべて物理的なものとしてデザインすることを想定してしまうと誤るはず</strong>だということです。</p>
<p>先の本のなかでティム・ブラウンもこう書いています。</p>
<blockquote><p>経験価値文化を築き上げるには、通常の枠組みを超え、顧客一人ひとりに合わせたユニークな経験をデザインしなければならない。経験は大量生産された製品や標準化されたサービスとは異なり、特別な経験や自分専用の経験として感じられてこそ価値を発揮するのである。</p>
<div style="text-align: right;">ティム・ブラウン<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4153200123/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4153200123">『デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4153200123" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>経験価値文化のなかで価値が高いのはユニークな経験であり、その実現にはこれまでの大量生産とは逆の個別生産、臨機応変なリアルタイム対応が必要になります。物理的なものをベースとしたサービスのしくみをデザインしてしまったのでは、ユニークな経験を生み出すための個別＆リアルタイム対応は望めません。</p>
<p>だからこそ、ティム・ブラウンは、そうしたユニークな経験価値を提供するためには「デザイナー集団が別の場所で作り上げたマニュアル・セットを手渡すのではなく、従業員自身がデザイン思考家になる」ことが必要であるというのです。そして、実際にIDEOではそのような方向でサービスデザインを行なっていると述べています。</p>
<p>サービスのしくみすべてを物理的なシステムやマニュアルという定型の状態にしてしまおうと考えるのではなく、不定形であるが故に状況に応じて臨機応変な対応のできる人間にしくみを担わせることで、サービスは利用者に満足する経験を与えられるものになるのでしょう。それこそは無常でありながら、利用者に高く評価されることで持続可能性を持ち合わせたサービスとなるための方向性だと思います。</p>
<h3><big><strong>これからの社会におけるデザイン思考教育の重要性</strong></big></h3>
<p>ただし、買い手と売り手という非対称な対立に取って代わる「参加型の新たな社会契約」が、サービス提供者と利用者のあいだのコミュニティなのだとしたら、さらに持続可能性を高める方向性があると考えられます。</p>
<p>というのも、「従業員自身がデザイン思考家になる」ことで臨機応変な対応を可能にする無常さをサービス提供場面に持ち込むことができ、それによりサービスの体験価値が向上するのだとしたら、さらに利用者自身が自分が利用するサービスの体験価値を高める活動に参加できる状態を作れるようになれば、サービスは永遠にプロトタイピングを繰り返しながら体験価値を高めていく、サステナブルかつ無常な状態になることができるでしょう。まさにサービスの流れは絶えないにも関わらず、常に提供されるサービスは元のそれではないという、あの「ゆく川」と同じ状態になるのではないでしょうか？</p>
<p>「作るながら考える」はデザイン思考の基本の１つですが、サービス現場に参加しながら考えるのは、その１つの応用だと思います。そうしたデザイン思考家的な人に満ちあふれたコミュニティをいかに作るかというのが、実は最も大きな意味でのデザイン思考の課題なのだろうと思います。</p>
<blockquote><p>長期的な影響をもたらす最大の機会といえば、教育だろう。デザイナーは、イノベーティブなソリューションにたどり着く強力な手法を身に付けている。そういった手法を用いて、次世代のデザイナーを教育するだけでなく、教育そのものを改革し、人間の創造性の膨大な宝庫を解き放つには、どうすればよいだろうか？</p>
<div style="text-align: right;">ティム・ブラウン<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4153200123/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4153200123">『デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4153200123" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>このひとつにつながった世界において「参加型の新たな社会契約」としてのコミュニティを中心にさまざまなものをリデザインしていこうとする際、やはりキーとなるのは上の引用にも述べられているような教育なのだろうと思います。ここまで書いたように、サステナブルかつ無常であるしくみを作り上げていくためには、適切なモノをデザインする力以上に、デザイン思考力をもった人そのものをデザインするという教育の力がより重要な意味をもちます。</p>
<p>スタンフォード大学のd.schoolをはじめ、そうした教育の試みはすでにはじまっています。今後はそうした教育のあり方をより広い範囲に広げていくかということが、新しい世界における教育の課題となっていくのでしょう。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>コミュニティ中心のデザインが求められる参加型社会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/02.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.210</id>

    <published>2012-05-02T09:19:37Z</published>
    <updated>2012-05-17T00:24:46Z</updated>

    <summary>いま起こっている変化の大きな特徴のひとつは、デザインを行なう上での単位の変化だと...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="サービスデザイン／サステナブルデザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ソーシャル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>いま起こっている変化の大きな特徴のひとつは、<b>デザインを行なう上での単位の変化</b>だと僕は考えています。</p>
<p>従来のように個人を単位としてパーソナルな製品を企画・設計するのではなく、コミュニティをひとつの単位としてデザインを行っていくことが求められるようになってきているように感じています。コミュニティは、言い換えるとネットワークでもいいと思います（ただし、生き残りを考えるとネットワークではすこし弱い気もしますが、この問題はまた別途考えることにします）。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120502b.jpg" width="520" height="346" /></p>
<p>イメージしているのは、個々人が商品を購入することが各自の課題のソリューションだった時代から、コミュニティやネットワークに参加するメンバーの間でいっしょに課題を解決する方法を見つけ実行していく参加型経済モデルの時代へのシフトが起きている中での、デザインの単位の変化です。</p>
<p>その流れの中で従来の"人間中心"のデザインも、顧客中心やユーザー中心のデザインではなく、<strong>コミュニティ中心のデザイン</strong>へシフトしていくことになります。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>積極的な参加で自分たちのコミュニティを作りはじめた人びと</strong></big></h3>
<p>コミュニティ中心の参加型社会への移行は、人びとが、自分たち自身の誇りをもって生きる基盤となる場や、生活文化をともにする他者とのつながりを強く求めるようになった価値観の変化にともなうものなのでしょう。これまでのように商品を買って手に入れるだけで楽に傍観者的に生きるライフスタイルから、自分自身が積極的に関与しなくてはいけない分、これまでより苦労はあるものの代わりにそれ以上の楽しみも同時に手に入るような生き方へのシフト。<b>外から与えられる楽しみよりも、まわりといっしょに自分たちの楽しみや幸せを見つけたり、作り出していく生き方への移行</b>。</p>
<p>とうぜん、自分が生きていく基盤として選び、参加したコミュニティにはその場自体の持続可能性も求めることとなり、その思いが自分たちのコミュニティを自分たち自身で維持し、自分たちとの共生を図っていくことを望む気持ちが芽生えます。外から与えられた生き方をなぞるのではなく、自分たちのコミュニティをより良いものにしようとする活動に積極的に関わっていく生き方。逆に、そのコミュニティの持続可能性を脅かすような活動を行う企業や個人に対しては、不信感や嫌悪感を覚えます。そんな動きがあちこちで見られるようになっていると感じませんか？</p>
<p>このあたりは前に「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a>」という記事でも考えていますので、あわせてお読みいただけると幸いです。</p>
<h3><big><strong>コミュニティ中心の参加型社会にシフトしていく中での課題</strong></big></h3>
<p>そうした傾向の具体的な現象としては、まさにソーシャルメディアやシェアリングエコノミー、クラウドファンディングなど、従来のライフスタイルを支えていたものとは異なる、コミュニティやネットワークを前提とした形態のソリューションが実現していることを想像していただければよいと思います。</p>
<p>ただ、もちろん、これらはまだ今後変化の速度を上げていくはずのコミュニティ中心の参加型社会へのシフトの中での先行的な事例にすぎないと考えています。</p>
<p>コミュニティ中心の参加型社会にシフトしていく中で、今後、私たちは以下のような課題に対峙して、その課題に答えを見つけていく具体的な活動を行っていく必要があるでしょう。</p>
<ul>
	<li>コミュニティをいかに形成するか</li>
	<li>企業はコミュニティとどのような関係を築いていくか</li>
	<li>既存の公共機関とコミュニティの関わりをどのようなものにするか</li>
	<li>教育や保育、医療や介護などをコミュニティのなかにどう位置づけるか</li>
	<li>個人はコミュニティとどう関わっていくか</li>
</ul>
<p>単なる消費者として日常生活に必要なものを小売店で売っているものをただ買ってくるだけだった個人に変化が求められるのは、すでに書いたとおりです。自分がどのようなコミュニティの中で、誰とどんな風に生きていくのかということを真剣に問うことが求められる時代だと思います。すくなくとも先の途切れた従来の線路に乗ったままでは脱線するのがオチですから、もう待ったナシでしょう。</p>
<h3><big><strong>企業はコミュニティとどのような関係を築いていくか</strong></big></h3>
<p>個人にソリューションとしての商品を提供していれば良かった企業のあり方もとうぜん変わってくるわけで、企業は自分たちがどんなコミュニティとどのような関係をもって共生させてもらうかを真剣に考えていく必要があるはずです。１つ前の「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/01.html">〈何によって解決するのか？〉の前に〈何を解決するのか？〉を特定する</a>」という記事では、こんな風に書きました。</p>
<blockquote>ソーシャルの時代というのは、まさにそのような意味で捉えるべきで、単に趣向をこらしたキャンペーンでFacebookページの「いいね！」数を増やすことだと勘違いしていたら、大間違いです。企業には、より根本的なレベルで、自分たちがどんな人たちとどんな社会をともに生きるのか？　そのために自分たちはどういう存在であるか？を明確にすることが求められ、まさにその姿勢や活動そのものを社会に生きる人びととシェアしていくことが必要とされているのです。ソーシャル時代において、企業が顧客をターゲットではなく、パートナーとして捉える必要があるというのはまさにそうした意味でなのです。</blockquote>
<p>まさに、どんな人たちの集うコミュニティに自分たちがどんな役割を果たす存在として関与していくかを、あらゆる企業が見つめ直すときがすぐそこに迫っているのだと思います。</p>
<h3><big><strong>公共セクターを対象としたイギリスでのサービスデザイン事例</strong></big></h3>
<p>地域社会におけるコミュニティ、公共セクターが協力しあって社会的イノベーションを実現しているという事例はイギリスには数多く見られます。これまでもこのブログや<a href="https://www.facebook.com/think.social.desgin">Facebookページ</a>、<a href="https://twitter.com/#!/thinksocial1">Twitter</a>などで断片的には紹介してきたように、<a href="http://www.enginegroup.co.uk/site/">Engine</a>や<a href="http://wearesnook.com/snook/">Snook</a>、<a href="http://thinkpublic.com/">Thinkpublic</a>などのサービスデザイン会社と、ソーシャルイノベーションを支援する慈善団体の<a href="http://www.nesta.org.uk/">NESTA</a>が協力しながら実現されたプロジェクトは数多く存在します。</p>
<iframe src="http://player.vimeo.com/video/13850609?title=0&amp;byline=0&amp;portrait=0&amp;color=ffffff" width="520" height="293" frameborder="0" webkitallowfullscreen="" mozallowfullscreen="" allowfullscreen=""></iframe><p><a href="http://vimeo.com/13850609">Make it Work: Northern Way worklessness service design pilot at Sunderland City Council</a> from <a href="http://vimeo.com/designcouncil">Design Council</a> on <a href="http://vimeo.com">Vimeo</a>.</p>
<p>ざっとリストをあげると以下のような例が見つかります。</p>
<ul>
	<li><strong><a href="http://www.enginegroup.co.uk/projects/pcs_page/designing_for_the_social_challenges_of_better_health">Designing for the social challenges of better health（Engine）</a></strong>：エンジンがロンドンの行政区の１つであるサザーク地区での、小児肥満や貧しい家庭の子どもの健康問題という課題を解決するために行なったサザークライズプロジェクトの事例。</li>
	<li><strong><a href="http://www.enginegroup.co.uk/projects/pcs_page/building_a_social_innovation_lab">Building a Social Innovation Lab（Engine）</a></strong>：同じくエンジンが関わったケント市議会向けに新規の公共サービスを開発するための機関であるSocial Innovation Lab for Kentの立ち上げを行なった事例。</li>
	<li><strong><a href="http://livework.co.uk/our-work/sunderland-make-it-work">Sunderland: Make it Work（live|work）</a></strong>：ライブ／ワークが関わった、サンダーランドの失業問題を解決するためのプログラムをサンダーランド市議会といっしょに開発した事例。（詳しくはDesign Council内の"<a href="http://www.designcouncil.org.uk/Case-studies/Northern-Way-worklessness-pilot/">Northern Way worklessness pilot: Sunderland City Council（live|work）</a>"もあわせて参照）</li>
	<li><strong><a href="http://thinkpublic.com/case-studies/case-study-age-unlimited/">age unlimited: prototyping for impact（Thinkpublic）</a></strong>：高齢化が問題となっている社会においてNESTAがその問題に取り組む革新的サービスを提供する優良な企業を見つけて適切な投資ができるようにするために、シンクパブリックと共同で実施した社会起業家のサポートプログラムの開発事例。（詳しくはNESTAサイト内の"<a href="http://www.nesta.org.uk/areas_of_work/public_services_lab/ageing/age_unlimited">Age Unlimited</a>"もあわせて参照）</li>
</ul>
<p>中でも注目したいのは、エンジンが関わってケント市議会向けに新規の公共サービスを開発するための機関であるSocial Innovation Lab for Kentの立ち上げとそこで用いられるプログラムの開発を支援した事例です。</p>
<p>この事例でサービスデザイン会社であるエンジンは、適切な公共サービスを求める市民とそれを提供する市議会の関係をリデザインし再構築する作業をサポートをした形であり、その関係性を維持する実際の活動は市民や市議会自体が自分たちで行なえる形をとっています。</p>
<p>この<b>コミュニティに参加する人びとが「自分たちの課題を自分たちで解決できるようにする」</b>ことがコミュニティ中心のデザインを行なう上での一番のポイントだと考えます。</p>
<h3><big><strong>自分たちの課題を自分たちで解決できるようにする</strong></big></h3>
<p>サービスデザインに関わる者はコミュニティ自身がその活動を持続していけるようにするためのプラットフォームをいかに構築するかを考えるべきであって、デザインしたサービスを自分たちが運営にも関わらなくてはいけない形でデザインすることを避けなくていけません。あくまで「自分たちの課題を自分たちで解決できるようにする」場をデザインし、それを実現する支援を行なうのです。</p>
<p>とうぜん、サービスデザイン会社に自分たちの課題の解決を手伝ってもらおうとする側も、解決策の発案〜実現をサービスデザイン会社に丸投げする姿勢で臨んだのでは、従来と変わりません。外から与えられたアイデアや仕組みをただ利用するのではなく、自分たちがいっしょに考えたアイデア、いっしょに実現までこぎつけた仕組みを、自分たちで使うことのできるコミュニティやネットワークを作る過程こそがコミュニティ中心のデザインの肝なのですから。</p>
<p>「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/12.html">ピダハンの社会を鏡として、これからの「ソーシャル」を考える</a>」という記事で、僕はこんな文章を引用しました。</p>
<blockquote><p>彼らはピダハン社会を一種の家族と見なしていて、その一員であれば仲間の全員を護り、世話する責任があると感じている。</p>
<div style="text-align: right;">ダニエル・Ｌ・エヴェレット<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622076535/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622076535">『ピダハン―「言語本能」を超える文化と世界観』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622076535" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>「社会を一種の家族と見なし、その一員であれば仲間の全員を護り、世話する責任があると感じられる」、そんなコミュニティが生まれる社会がこれからの社会になってくるのではないかと思います。そのとき、デザインの対象は個々人ではなく、仲間全員を家族と見なす社会全体になってくるのではないでしょうか。</p>
<p>こうした変化のなか、いま最も大事な変革は、企業中心の発想でまわる社会から、いかにコミュニティ中心でまわる社会に移行するかを考える頭を誰もがもつようになるという変革なんだろうと思います。</p>
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/12.html">ピダハンの社会を鏡として、これからの「ソーシャル」を考える</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/28.html">社会的イノベーションの実現には未知のやり方に対する心理的障壁をどのように取り除くかが大事になる</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>〈何によって解決するのか？〉の前に〈何を解決するのか？〉を特定する</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/05/01.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.208</id>

    <published>2012-05-01T09:40:44Z</published>
    <updated>2012-05-01T09:47:47Z</updated>

    <summary>前回の記事（「巨大な豚に口紅を塗ることがUXをデザインすることではない」）では、...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="サービスデザイン／サステナブルデザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>前回の記事（「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/25.html">巨大な豚に口紅を塗ることがUXをデザインすることではない</a>」）では、UXをデザインをするとはどういうことか？をあらためて考えてみました。</p>
<p>そこではUXをデザインをするというのは、あらかじめ特定した商品やサービスのユーザー体験を改善するためにタッチポイントのインターフェイスをデザインしなおすということではなく、特定の商品やサービスに縛られることなく、もっと広い視野に立って、人びとが求める体験を提供できる〈何か〉を根本的に創造するためのデザインであると、新たにUXデザインを定義し直してみました。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120501b.jpg" width="500" height="332" /></p>
<p>言い換えれば、UXをデザインするということは、新しい価値をもったユーザー体験を生み出すことが目的であり、それを可能にするための〈何か〉としての商品やサービスを生み出すこと自体は目的ではないのです。極端な話、商品やサービスが生まれなくても、人びとのつながりが生まれることで新しい体験価値が生まれるのなら、十分にUXをデザインすることに成功したということができます。あくまでデザインの対象は、モノではなくUXであり、この点で従来のデザインの姿勢から大きく頭を切り替えることが必要です。</p> ]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>人びととともに生きる社会を、ともに作っていく姿勢がこれからの企業には求められる</strong></big></h3>
<p>この商品やサービスを生み出すことを前提としないUXデザインの考え方は、人びとが自分たちの課題を従来のように企業が提供する商品やサービスの購入によって解決することに疑問をもつようになった現代の社会の流れにもマッチしていると思います。</p>
<p>マーケティング的な刺激によって駆り立てられた欲望によって、必要でもない道具を購入してほとんど使わなかったりといった従来型の消費態度に疑問を持ち、なんでも買って済ませるのではなく本当に自分たちの生活を豊かにしてくれる人とのつながりを求めはじめた人びとが生きる世の中には、UXデザイン的な発想がよりいっそう求められてくるはずです。そのとき、企業や個人が従来のように自分たちのビジネス的な観点での保守的な立場から既存の商品やサービスにこだわってしまうと、時代にそぐわないものとしてそっぽを向かれかねません。</p>
<p>以前（「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/18.html">デザイン思考と参加型社会</a>」）にも指摘したとおりで、これからの参加型経済下の社会においては、企業にも、自分たちが生きる社会を誰といっしょに作り、誰とともにその社会で生きていくかの判断が求められてきます。ソーシャルの時代というのは、まさにそのような意味で捉えるべきで、単に趣向をこらしたキャンペーンでFacebookページの「いいね！」数を増やすことだと勘違いしていたら、大間違いです。企業には、より根本的なレベルで、自分たちがどんな人たちとどんな社会をともに生きるのか？　そのために自分たちはどういう存在であるか？を明確にすることが求められ、まさにその姿勢や活動そのものを社会に生きる人びととシェアしていくことが必要とされているのです。ソーシャル時代において、企業が顧客をターゲットではなく、パートナーとして捉える必要があるというのはまさにそうした意味でなのです。</p>
<h3><big><strong>〈何によって解決するのか？〉の前に〈何を解決するのか？〉を特定する</strong></big></h3>
<p>さて、そうした真に"人間中心"の姿勢で、企業が、自分たちがともに生きていこうとする人びとが直面する課題の解決に取り組もうとする際にあらためなくてはならないのは、従来のように対象となる人びとの課題から考えるより前に、自分たちの商品やサービスカテゴリーから無理矢理発想しようとしてしまうことです。真に"人間中心"の姿勢で取り組むためには、〈何によって解決するか？〉の前に〈何を解決することが求められるのか？〉を特定しなくてはなりません。</p>
<p>〈何を解決することが求められるのか？〉を特定する前に、解決策としての商品やサービスの決めてしまうような過ちを犯せば、これまで同様に本当に自分たちが社会に生きる人びととともに解決していくべき課題を見つけられなくなります。そうなれば、自分たちがともに生きようとする人びとの姿がどんどん見えなくなっていくはずです。まさに多くの企業がこの状態に陥っているのではないでしょうか？</p>
<p>そのような過ちを犯さないためにも〈何を解決するか？〉を考えることからはじめるべきです。「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/10.html">チーム・ビルディングからはじめるサービスデザイン</a>」という記事で紹介したThinkPublicが描くプロセスでも、最初に置かれた作業は"Opportunities Identified（機会を特定すること）"でした。</p>
<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/service%20prototyping%20process.png"><img alt="service prototyping process" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/assets_c/2012/04/service%20prototyping%20process-thumb-500x353-320.png" width="500" height="353" /></a></p>
<p>（クリックで画像が拡大します）</p>
<p>取り組むべき課題とその解決の機会を明らかにした上で、それを具体的に解決する方法を検討するチーム作りに入ります。チーム作りが後なのは、どんな課題にどう取り組むかが決まる前に、何ができる人が必要なのかが決められるはずがないからです。ここでもやはり〈何によって解決するか？〉の前に〈何を解決するか？〉なのです。</p>
<h3><big><strong>他人事としてではなく自分事として捉えるのが参加型経済モデルの社会</strong></big></h3>
<p>この〈何を解決するか？〉を特定するプロセスにおいては、どんなに非効率なやり方だと感じられたとしても、繰り返しのセッションを通じて、解決すべき課題の特定～共有をしっかりと行うことが大事です。</p>
<p>そして、この課題の探索の際には、他人事の課題を探すのではなく、参加者がしっかりと自分事と感じられる課題を見つけようという姿勢で臨むことがとても重要だと思います。</p>
<p>Adaptive Pathのブログに「<a href="http://adaptivepath.com/ideas/what-a-broken-back-taught-me-about-ux-in-healthcare">What a Broken Back Taught Me About UX in Healthcare</a>」という、緊急治療室を担当する医師と看護師の娘として生まれたAdaptive Pathのエクスペリエンスデザイナーの女性が、スノーボード中の自身の事故にともなう病院での体験をきっかけに、ヘルスケアのUXを改革する必要に気づき、現在、ヘルスケア分野のUXおよびサービスデザインに関わっているという記事が書かれています。</p>
<p>このブログでは、これまでも何度かアメリカで現在活発に行なわれている病院を中心とした医療サービスの根本的な見直しをUXやサービスデザインのアプローチを用いて行なっていこうとする動きが活発になっていることを紹介していますが、その原動力になっているのは、上の記事を書いたエクスペリエンスデザイナーの女性のように社会の抱える課題を他人事としてではなく、自分もその問題のなかに巻き込まれた当事者として自分事として捉えていることだと思います。</p>
<p>私たちも「参加のデザイン」ということを強く標榜していますが、これまでのマーケティングのようにターゲットユーザーという他人事でソリューションを考える姿勢ではなく、自分たちも問題に関わるものとしてユーザーとパートナーシップをとりながら社会的課題を解決する姿勢が強く求められているのだと思います。</p>
<h3><big><strong>〈何を解決するか？〉を徹底的に考え、議論する</strong></big></h3>
<p>誰かのために課題を解決するのではなく、自分を含めたみんなの課題を見つけること。そして、その課題の解決が自分を含む社会をよりよくすることにつながるような課題を見つけようと考えを巡らせるのです。</p>
<p>それは他人の経験を傍観することではなく、自分の体験の記憶に思いを巡らせることで、自分が何に「これはおかしい」と疑問を感じ、その疑問に対して自分はどう積極的にその状態を変化させ、どのような新しい状況を生み出したいのか？を考えることです。そして、そうした事柄について考えることを、これからいっしょに生きていこうとする人とともに行ない、たがいに考えたことを共有し、議論をしていくことが、"人間中心"のデザインのスタート地点には求められます。この考える作業や議論の過程があまりにも省略されすぎの現状がいまなのだと思います。それでは新しい突破口が見えてくるはずはありません。正しい答えを導きたいのであれば、問題を正しく立てることを欠くことはできないはずです。</p>
<p>この〈何を解決するか？〉を特定するプロセスにおいては、それがどんなに非効率なやり方だと感じられたとしても、繰り返しのセッションを通じて、解決すべき課題の特定～共有をしっかりと行うことが大事です。それぞれが社会の課題を自分事として捉え、議論を重ねるなかでいっしょにいる人たちの課題も自分事として捉えられるようになったとき、はじめて解くべき問題は正しく定義できるのですから。</p>
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/25.html">巨大な豚に口紅を塗ることがUXをデザインすることではない</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/18.html">デザイン思考と参加型社会</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/10.html">チーム・ビルディングからはじめるサービスデザイン</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>巨大な豚に口紅を塗ることがUXをデザインすることではない</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/25.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.207</id>

    <published>2012-04-25T12:55:04Z</published>
    <updated>2012-04-25T13:30:55Z</updated>

    <summary>&quot;A Call to Action Regarding Healthcare&quot;と...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p><a href="http://uxmag.com/articles/a-call-to-action-regarding-healthcare">"A Call to Action Regarding Healthcare"</a>と題して、医療サービスにおけるユーザー体験をデザインの視点からどのように変革することができるかが考察された<a href="http://uxmag.com/">UX Magazine</a>の記事で、次のような興味深いグラフが紹介されていました。</p>
<p><img alt="" src="http://uxmag.com/uploads/anderson_calltoaction/design_parameters602.png" /></p>
<p>（参照元：<a href="http://uxmag.com/articles/a-call-to-action-regarding-healthcare">A Call to Action Regarding Healthcare | UX Magazine</a>）</p>
<p>記事によると、このグラフはDon NormanとRoberto Vergantiによる論文からの引用で、ほとんどのUXの専門家による人間中心設計が単に漸進的な技術革命にしか寄与できず（グラフのAからBへの変化）、他方でより根本的なイノベーションは技術あるいは意味の根本的な変更（AからBの山から、CからDへのまったく異なる技術や意味への移行）を要求するというのです。</p>
<p>例えば、それはフィーチャーフォンからスマートフォンへの移行に見られたようなモバイルフォンのユーザー体験価値のイノベーションを指すものであり、まさに、それは"人間中心"といいつつ、あくまで既存の商品カテゴリーの枠内でのみデザインプロセスを回してしまう、狭義のHCDプロセスやUXデザインのアプローチでは生み出せないイノベーションだといえます。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>デザイン思考による破壊的なイノベーションを実現する</strong></big></h3>
<p>ただ、本当の意味で"人間中心"のデザインアプローチでユーザーの体験に焦点を当てることで、既存の商品カテゴリーにこだわらない発想ができれば、UXの専門家はHCDの手法を用いて根本的なイノベーションを生み出す発想が可能になります。</p>
<p>先の記事では、AからBの山から、CからDの山への変革をもたらす例として、以下のような表で表現されるような医療サービスのイノベーションを提示しています。</p>
<p><img alt="" src="http://uxmag.com/uploads/anderson_calltoaction/table.jpg" /></p>
<p>ここで提案されているのは、伝統的な医者（専門家）--患者（素人）の非対称の関係による医療サービスと、一般の人がより積極的に自身の健康を管理でき、医療サービスの提供者はそれをサポートするパートナーとして位置づけられるような参加型医療サービスへの移行です。</p>
<p>記事中では、デザイン思考によるこのような根本的なレベルでのイノベーションがアメリカのヘルスケアの領域では必要とされていると書かれています。</p>
<h3><big><strong>巨大な豚に口紅を塗るデザインプロジェクトを疑おう</strong></big></h3>
<p>記事の最後には、こんな刺激的な記述も見つかります。</p>
<blockquote><p>"Question the advisability of doing projects that, in essence, only amount to putting lipstick on the very large healthcare pig. "</p></blockquote>
<p>「巨大な豚に口紅を塗るデザインプロジェクトを疑おう」と。まさにそのとおりで、UXをデザインすることは単に既存のシステムの表面に口紅を塗ることではありません。フィーチャーフォンという枠組みのなかに留まり、AからBへの山を登るためにUIを改良することではないのです。</p>
<p>UXのデザイナーは、既存のシステムそのままにUIやタッチポイントを改善することがUXデザインではないことを理解しなくてはいけません。そうではなく、真にユーザーの観点に立ち、まったく新しい体験価値を生み出すような新しいシステムそのものを生み出す発想を行なうことが真のUXデザインだと理解し、自身のデザインワークを行なう必要があります。</p>
<p>デザイン思考がイノベーションを生み出せるとしたら、商品という枠組みを中心に思考することを徹底した態度で拒否し、人間に着目して、いまは存在しない、まったく新しいユーザー体験価値を実現する枠組みそのものを生み出すために用いられた場合だけです。その根本的な姿勢が間違っていたら、どんなにデザイン思考を用いても真の意味でのUXをデザインすることはできないでしょう。豚に口紅を塗って表面を取り繕うことを考えるのではなく、豚そのものを別の何かにすることで、まったく新しい体験価値を生み出す発想を心がけましょう。それがデザイン思考であり、破壊的イノベーションに新たなUXの創出なのですから。</p>
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/19.html">製品ではなくサービスをデザインする</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/18.html">デザイン思考と参加型社会</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/08.html">医療／健康のサービス＆エクスペリエンスデザイン事例</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">サービスブループリントを使って病院のサービスプロセスを分析した事例</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/15.html">ヘルスケアサービスの事例にみるコデザインにおける視覚表現の重要性</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/03/19.html">ビッグデータが医療分野にも創造的破壊をもたらす</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ピダハンの社会を鏡として、これからの「ソーシャル」を考える</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/12.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.206</id>

    <published>2012-04-12T10:42:53Z</published>
    <updated>2012-04-12T11:14:57Z</updated>

    <summary>今回はいつも扱っている「サービスデザイン」の話題とは趣向を変えて、ダニエル・Ｌ・...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="ソーシャル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>今回はいつも扱っている「サービスデザイン」の話題とは趣向を変えて、ダニエル・Ｌ・エヴェレットという言語人類学者によって書かれた、ブラジル・アマゾンの少数民族ピダハンの言語と文化を紹介した<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622076535/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622076535">『ピダハン―「言語本能」を超える文化と世界観』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622076535" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />という本からいくつかのエピソードを引用しながら話を進めてみようと思います。</p>
<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/piraha.jpg"><img alt="piraha.jpg" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/assets_c/2012/04/piraha-thumb-500x338-327.jpg" width="500" height="338" /></a></p> 
<p>（画像参照元：<a href="http://unaantropologaenlaluna.blogspot.jp/2011/09/los-piraha-de-lengua-extrana-y-el.html">Una antropóloga en la luna: blog de antropología.: Los Pirahã de lengua extraña y el misionero que se hizo ateo.</a>）</p> 
<p>この本を読んでいて感じるのは、西洋のみならず他のどんな言語とも異なる特殊なピタハン語を話すピタハンの人びとは、その言葉だけでなく、その生活や文化、価値観もとても特殊であり、西洋人である著者や僕たち日本人も驚かせるような隔たりをもっているということです。その社会の価値観や文化は僕たちには想像するのがむずかしいことだったりもします。</p>
<p>ただ、そうした自分たちの文化や価値観とは異なるピダハンたちの社会に目を向けることで、僕たちが<b>なぜ"Think Social"を名乗りつつ、これまでになかった新しい「社会」について考え活動しようとしているか</b>を、みなさんに伝えられるのではないかと思い、今回は記事を書いてみようと思ったのです。</p>
<p>というわけで、さっそくピダハンたちの社会の特徴の一端を見てみることにしましょう。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>子どもが危険な状況にあっても注意しない親</strong></big></h3>
<p>ピダハンの社会が僕らや西洋社会のそれと違うことの一例がピタハンの家族観にあります。</p>
<p>著者のダニエル・Ｌ・エヴェレットは自分たち西洋の人びととピダハンの人びとの家族観の違いについて、こんなエピソードを紹介しています。焚火の近くで転んで火傷をした幼児をピダハンの母親が心配するどころか叱りつけるシーンです。</p>
<blockquote><p>ある朝わたしは、よちよち歩きの子供がおぼつかない足取りで焚火に近づいていくのを目撃した。子供が火に近づくと、手をうんと伸ばせば届くほどのところにいた母親が子どもに低い声を発した。けれども子どもを火から遠ざけようとはしない。子どもはよろめき、真っ赤に焼けた石炭のすぐわきに倒れ込んだ。脚と尻に火傷を負い、子どもは痛みに泣き喚いた。母親は乱暴に抱き起こし、叱りつけた。</p>
<div style="text-align: right;">ダニエル・Ｌ・エヴェレット<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622076535/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622076535">『ピダハン―「言語本能」を超える文化と世界観』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622076535" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>著者は長年、ピタハンの村で彼らといっしょに暮らしていて、ピタハンの母親が子どもをとても慈しむことを知っています。なのに、その母親が熱い日のまわりでよちよち歩く子どもを見ても注意もしないのに、子どもが火傷をすると叱りつけることに著者は驚くのです。</p>
<p>また別のエピソードでは、同じようによちよち歩きの２歳くらいの子どもが刃渡り20センチほどの鋭い刃物を振り回して遊び、刃先がその子どもの目や胸、腕などを掠めているのを著者は目にします。著者が驚いたのは、そのあとで幼児が刃物を落としたとき、ほかの人との会話に夢中だった、その子の母親が会話をやめることもなく、刃物を子どもに拾って渡したからです。幸い、そのときは子どもは怪我をしなかったのだけど、別の機会に著者らはピダハンらの子どもたちがナイフでひどい怪我をするのを何度も見たと言います。この場合でも、ピダハンの親たちは自分が慈しむ子どもたちが危険な状況にあうのを注意しようとしないのです。</p>
<h3><big><strong>子どもも一個の人間であり、成人した大人と同等に尊重される価値がある</strong></big></h3>
<p>愛しい子どもが危険な状況にあったら注意をするなどして、子どもを危険な対象（火や刃物など）から遠ざけようとするのが、僕たち日本人にとっても、著者ら西洋人にとっても、当たり前と考えられる親の思いでしょう。</p>
<p>ところが、上の２つのエピソードに見られるようにピダハンの人びとは子どもを危険から遠ざけることをしません。けれど、彼らが子どもを慈しむ気持ちに欠けるのかというと、著者によればそうではないということなのです。これはどういうことなのでしょう？</p>
<p>著者による理解はこうです。</p>
<blockquote><p>わたしはまず、見たかぎりでピダハンが赤ちゃん言葉で子どもたちに話しかけないことから考えはじめた。ピダハンの社会では子どもも一個の人間であり、成人した大人と同等に尊重される価値がある。子どもたちは優しく世話したり特別に守ってやったりしなければならない対象とは見なされない。子どもたちも公平に扱われ、身体の大きさや体力に合わせて食事の分量などは変わるけれども、基本的には能力においては大人と対等と考えられている。</p>
<div style="text-align: right;">ダニエル・Ｌ・エヴェレット<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622076535/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622076535">『ピダハン―「言語本能」を超える文化と世界観』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622076535" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>大人と対等な存在として扱うからこそ、ピダハンらは子どもがすることを保護者として注意することをしないのです。大人が大人に火は危ないよとか、刃物は危険だよとわざわざ教えてあげないのと同じように、子どもに対しても同様に扱うのがピダハンの社会なのです。</p>
<iframe width="510" height="376" src="http://www.youtube.com/embed/l6ybYN4m0Z0" frameborder="0" allowfullscreen=""></iframe>
<h3><big><strong><br />ひとりひとりが自分で自分の始末をつける社会</strong></big></h3>
<p>ピタハンの社会においては、子どもを大人と対等な存在として扱うというだけではなく、そもそも「ひとりひとりが自分で自分の始末をつけられるように育てられ」るのだといいます。</p>
<p>その姿勢は非常に徹底されていて、ここでもまた驚かされるエピソードがたくさん紹介されています。</p>
<p>例えば、ピダハンの女性はひとりで出産するそうですが、難産で苦しみ、「助けて、お願い！　赤ちゃんが出てこない」と叫んでも、近くにいる人は助けず、それで妊婦が赤ん坊ともども死んでしまうことがあると著者は書いています。</p>
<p>また、母親が赤ん坊を残して病気などで亡くなった場合でも、ピダハンらは「赤ん坊は死ぬ。乳をやる母親がいない」と言って、赤ん坊が死んでしまうのを悲しみつつも、赤ん坊を死なせることもあるといいます。それはピダハンが冷酷だからではなく、医者のいない土地でたくましくなければ死んでしまう環境で、どういう状態だと死に直結するのかを、著者ら西洋人が気づくよりもずっと見抜けてしまうからなのだと言います。</p>
<p>その場しのぎの優しさを見せて相手を助けることができても、ずっとその人を助け続けることはできない場合、助けることよりも、その人自身の力で困難を乗り越えるのを見届けることが大事なのでしょう。僕たちの暮らす社会のように生きるために必要なものを自分の身体のなかにではなく、外部のツールや仕組みとして保持するのとは異なり、そうしたツールや仕組みがなく、かつピダハンら自身がそれを拒むようなほとんど人工物に依存することがないアマゾンの奥地の環境で生き続けていくためには、ひとりひとりが自身の中に自分の生命や暮らしを持続可能にする力を宿らせない限り、生きていくことはできないのでしょうから。</p>
<p>こうした赤ん坊の頃からひとりひとりが自分で自分の始末をつけられるように育てられる社会においては、若者はひきこもったり、ふてくされたり、自分のとった行動の責任から逃れようとしたり、青春の苦悩や憂鬱や不安に苛まれたりすることはなく、誰もが自分の人生に満足している人たちの社会ができあがるのだといいます。</p>
<h3><big><strong>全体が１つの家族であるような社会</strong></big></h3>
<p>現存するピダハンは300人程度だといいます。そのすべてのピダハンが他のピダハンをxahagi（アハイギー、同胞）と考えています。「ひとりひとりが自分で自分の始末をつけられる」ように育てられる一方で、ピダハンは家族や集団との絆を重視し、違う村に住んでいるピダハン同士でも同じピダハンとしての帰属意識が非常に強いといいます。</p>
<p>そのピダハンの帰属意識の強さを示すエピソードとして、著者はピダハン語を教わっているピダハンの１人（カアブーギー）が自分の兄弟（カアパーシ）が酒を飲んで酔っぱらい大事にしている犬を撃ち殺されてしまった話を紹介しています（ピダハンは極度にお酒が弱いそうです）。</p>
<blockquote><p>「カアパーシをどうするつもりだい？」わたしは尋ねた。</p>
<p>「どうするとは？」カアブーギーは不思議そうに訊き返す。</p>
<p>「つまり、犬を撃たれたことにどう始末をつけるのかということだよ」</p>
<p>「何もしない。兄弟を痛めつけたりはしない。あいつは子どもじみたことをした。悪いことをした。だがあいつは酒を飲んでいて、頭がまともに働いていなかった。おれの犬を傷つけてはいけなかった。これはおれの子どもとおんなじだったんだ」</p>
<p>このときのカアブーギーのように、怒って当然のことをされたときでも、ピダハンは忍耐強く、愛情たっぷりに相手を理解しようとする。（略）彼らはピダハン社会を一種の家族と見なしていて、その一員であれば仲間の全員を護り、世話する責任があると感じている。</p>
<div style="text-align: right;">ダニエル・Ｌ・エヴェレット<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622076535/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622076535">『ピダハン―「言語本能」を超える文化と世界観』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622076535" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>ひとりひとりが自分で自分の始末をつけられるよう育つこと、それでいてひとりひとりが自分はピダハンの一員であるという帰属意識を強くもち、仲間のことや自分たちの暮らしを護っていこうとすること。これって何かに似ていると感じないでしょうか？</p>
<h3><big><strong>ピダハンの人びとと、現代の「ソーシャル」な若者たちの類似</strong></big></h3>
<p>私には、このピダハンの社会における強い絆とひとりひとりが自分で生きる力をもつことを重視する姿勢が、いま自分たちの力で従来のそれとは異なる新しい社会の仕組みやあり方を考え、生み出していこうとする若い世代の人びとの姿とリンクして見えるのですが、どうでしょうか？</p>
<p>それは自分たちの製品が売れればいいとか、自分たちの暮らしがよくなればいいといった従来の私的欲求の追求を重視する価値観とは異なり、自分たちの行動に対しても他者が行なう行動に対しても「それをすることで社会はどうよくなるの？」と問う行動規範をもつ、自分たちが社会の一員であることが強く意識された価値観です。</p>
<p>そして、ここも従来の姿勢とは異なる点だと思いますが、目の前にある様々な社会の課題に対しても、まわりの誰かが解決してくれるだろうと期待して待つのではなく、自分たちの課題であると捉えて自分たちで始末をしようとする姿勢もみられます。</p>
<p>こうした点で、私にはなんとなく今の若者たちの姿勢とピダハンの人びととの類似が感じられるのです。ピダハンの人びとが現状に限りなく満足しているのに対して、今の若者は正反対に現状に問題を感じて行動していることなど、いろんな点で相違があるのはもちろんのことですが、自分たちの社会をまわりの人びとといっしょになって良くしようと考え、いっしょに活動する人たちと深い絆をもちながら、それでいて、それぞれが生きていくためには、まわりに縛られることなく（ノマドな状態で）自分の力で生きていける状態を目指す点ではとても共通点を感じます。</p>
<p>そして、おそらく、新しい社会を作るためには、まさにそうした姿勢が必要なんだと感じるのです。それが本当の意味での<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン</a>なのでしょうし、<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/10.html">チーム・ビルディング</a>だと思いますし...。</p>
<p>そうしたことを考える上でも、はたまた自分たちが生きる社会とはまったく別の社会があることを知るためにも<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622076535/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622076535">『ピダハン―「言語本能」を超える文化と世界観』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622076535" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />はおすすめの一冊です。興味のある方はぜひ読んでみてください。</p>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=000000&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=desiitwlove-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=ss_til&amp;asins=4622076535" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/10.html">チーム・ビルディングからはじめるサービスデザイン</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>チーム・ビルディングからはじめるサービスデザイン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/10.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.205</id>

    <published>2012-04-10T07:46:45Z</published>
    <updated>2012-04-10T08:29:29Z</updated>

    <summary> 新しくサービスデザインを行なう上でのむずかしさは、デザインプロジェクトに関わる...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="サービスデザイン／サステナブルデザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[ <p>新しくサービスデザインを行なう上でのむずかしさは、デザインプロジェクトに関わる人たちの多様さをどう１つにまとめるか？ということにあると思います。生きてきた背景も異なれば、専門とする領域も、所属する組織やコミュニティも異なる可能性のある多様な人びとをいかにデザイン過程に参加させ、１つの社会的変革を実現させていくか？　そこがサービスデザインを実際に行っていく上で最初に克服すべき課題であると思っています。</p>
 <p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120410_2.jpg" width="500" height="400" /></p>
 <p>その意味でも、サービスデザインのプロセスにおいては、一番はじめのチーム作りがとても重視されます。今回はそのあたりを考えていくことにします。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>サービスデザインのためのプロトタイピング・プロセス</strong></big></h3>
<p>サービスデザインのためのチーム・ビルディングを考えていく上で参考になる資料があります。英国でソーシャルイノベーションのために活動する慈善団体<a href="http://www.nesta.org.uk/">Nesta</a>と同じく英国のサービスデザイン会社<a href="http://thinkpublic.com/">ThinkPublic</a>が<b>"NESTA's &amp; Thinkpublic Prototyping process handbook"</b>がそれです。これは表紙に"HOW TO USE PROTOTYPING TO DEVELOP BETTER PUBLIC SERVICES."、" A GUIDE TO PROTOTYPING NEW IDEAS"と書かれているとおり、公共サービスのデザインのためのプロトタイピング手法のためのガイドブックです。</p>
<div style="width:510px" id="__ss_9043784"> <strong style="display:block;margin:12px 0 4px"><a href="http://www.slideshare.net/fred.zimny/nestas-thinkpublic-prototyping-process-handbook" title="NESTA's &amp; Thinkpublic Prototyping process handbook" target="_blank">NESTA's &amp; Thinkpublic Prototyping process handbook</a></strong> <iframe src="http://www.slideshare.net/slideshow/embed_code/9043784" width="510" height="426" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe> <div style="padding:5px 0 12px"> View more <a href="http://www.slideshare.net/" target="_blank">presentations</a> from <a href="http://www.slideshare.net/fred.zimny" target="_blank">fred.zimny</a> </div> </div>
<p>そのガイドブックのスライドの５枚目に"The Prototyping Process"と題して、次のようなデザインプロセスが提示されています。</p>
<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/service%20prototyping%20process.png"><img alt="service prototyping process" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/assets_c/2012/04/service%20prototyping%20process-thumb-500x353-320.png" width="500" height="353" /></a></p>
<p>（クリックで画像が拡大します）</p>
<p>ご覧のとおりで、大きく下記の４つの段階に分かれたプロセスになっています（念のため、言っておきますと、この４つの段階の２番目、3番目に置かれたプロトタイピングは、モノのプロトタイプではなく、上記の図にもはっきり書かれているとおり、ビジネスモデルのプロトタイプです。しかも、もっといえばそれはお金が動くビジネスとも限らないということはしっかり考えるべきです）。</p>
<ol>
	<li>Doing the groundwork</li>
	<li>Prototyping phase 1(to build a specification)</li>
	<li>Prototyping phase 2(testing the specification)</li>
	<li>Learn &amp; Evaluate</li>
</ol>
<p>今回注目したいのは最初の準備段階としての「Doing the groundwork」のプロセスです。</p>
<p>この「Doing the groundwork」の過程がさらに</p>
<ul>
	<li>Identify opportunity</li>
	<li>Build your team</li>
	<li>Map Existing services</li>
	<li>Choose location to test</li>
	<li>Identify  target users</li>
	<li>Generate ideas</li>
</ul>
<p>といった６つの工程に分かれています。</p>
<p>今回はこのなかの最初の２つの工程である「Identify opportunity」と「Build your team」に着目してみようと思います。</p>
<h3><big><strong>Identify opportunity : プロジェクトを推進する理由としてのヴィジョンを明確にする</strong></big></h3>
<p>まず、このガイドブックでは「Identify opportunity」では「準備が整う前にプロトタイピングの工程に突入してはいけない」としっかり注意されていることに注目できます。そして、続けて「プロトタイピングをはじめる前に<strong>自分たちの出発点である前提条件を明らかにする</strong>こと、<strong>自分たちが何を達成しようとしているのかの明確なヴィジョンをもつ</strong>ことが必要」だとも書かれています（強調は筆者）。</p>
<p>デザイン過程の最初の段階で、こうした前提条件の把握とヴィジョンの明確化の作業を行なうことの重要性は、サービスデザインとは異なる領域でも同じだと思います。この最初の段階でプロジェクトをスタートさせようとしている人たちは、自分たちが何を変えたいと思っているのか、なぜ変えたいのか、そして、その変更はサービスを利用する人たちにどんなベネフィットをもたらすのかを説明できるようになる必要があります。つまり、プロジェクトを推進していく理由（Why?）を明らかにするのです。</p>
<p>プロジェクトの推進理由を明らかにするためには、自分たちが事前に行なった調査や有識者の意見を元に、自分たちがいま見ている先に本当に変化／イノベーションを起こす機会があるのかを検討する必要があるでしょう。また、そうした検討を経た上で、自分たちが機会だと捉えているものをミッションステートメントとして表わすなどして、自分たちが成し遂げようとしている変化はどんなものかを明らかにすることも必要でしょう。そうした検討過程を経て、サービスデザインを具体的に行なっていくプロジェクトの推進理由を明確にするのです。</p>
<h3><big><strong>Build your team : ヴィジョンが明確になってはじめて、どんなチームを作ればよいかが明確になる</strong></big></h3>
<p>この「Identify opportunity」での検討を通じて、プロジェクトを推進していく理由としての前提条件やヴィジョンを明確にすることができてはじめて、実際にどんな人がチームに必要になるかを検討するチーム・ビルディングに取りかかることができます。</p>
<p>これは当然のことでしょう。何を成すのか目指すのか、現状はどういう状況にあるかといったことが明確にならないと、どんな人がチームに必要かを検討することはむずかしいはずだからです。</p>
<p>けれど、実際、多くのプロジェクトで間違えるのもこの時点です。自分たちが何を達成しようというのかという社会に対する自分たちの活動の存在意義を明確にしないままに、何となく人を集めて、何となくプロジェクトを進めてしまいます。それではうまくいくはずもありません。</p>
<p>そうではなく、自分たちが達成しようとしている事柄を実際に達成可能にするためには、どんな知識や技術をもった人が必要か、プロジェクトを進める上で障害になりそうな事柄を調整してくれそうな人は誰なのか、このミッションを達成するプロジェクトに情熱を傾けてくれそうな人は誰なのかを考えた上で、それぞれに適したメンバーをチームに召還しない限り、多くの困難が待ち受けるはずのソーシャルイノベーションにつながるようなプロジェクトの活動を推進することはままなりません。</p>
<h3><big><strong>チームメンバーのペルソナ</strong></big></h3>
<p>では、プロジェクトを進める上ではどんなメンバーをチームに招集すると良いかといえば、このガイドラインでは、以下のような３つのペルソナ＝役割を示しています。</p>
<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/design%20team%20persona.png"><img alt="design team persona" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/assets_c/2012/04/design%20team%20persona-thumb-500x353-325.png" width="500" height="353" /></a></p>
<p>（クリックで画像が拡大します）</p>
<ul>
	<li><strong>コアチーム</strong>：プロトタイプをつくり、実行し、テストすることを通じて、サービスデザインを核となって進めていくメンバー</li>
	<li><strong>プロジェクト支援者</strong>：プロジェクトを進める上で必要な支援や、推進の障害になりそうなものを取り除く調整を行なってくれるメンバー</li>
	<li><strong>大事な友人</strong>：批評的な目をもってプロジェクト内容を吟味してくれ、必要な時に適切な質問を投げかけてくれるメンバー</li>
</ul>
<p>プロジェクトはこの３つの役割をもったメンバーで構成されるとよいと、このガイドラインは言っていますが、同時にまた「コアメンバーは非常に小さく保つ」ことも勧めてくれています。これもサービスデザインのプロジェクトに限らず、コアとなるチームメンバーがあまりに多くなってしまうと情熱を維持したまま、さまざまな面倒な汚れ仕事を引き受けながら目的に向かって活動を進めていくことがむずかしくなるので、必ず守りたい鉄則だと思います。</p>
<p>そのコアメンバーには、どんな人を選べばよいかというと、ガイドラインの文中にダウンロード先のリンクが提示されているツール「TEAM PERSONA CARDS」（<a href="http://www.nesta.org.uk/library/documents/1.pdf">PDFダウンロード</a>）では、コアメンバーに求められる資質として、「新しいことを試したり新しい方法で動くオープンさも持っていること」「コンセプトを実現することに興味をもつこと」「新たな物事を自分で試しながら学習していく情熱があること」「新しいアイデアの創造を通じて人びととつながりたいという意志を持っていること」が挙げられています。プロジェクト支援者、大事な友人に関してもどんな人がふさわしいかが記述されているので参考にしてみてください。</p>
<h3><big><strong>チーム・ビルディングに時間をかける</strong></big></h3>
<p>言葉で表現すれば、こういうこですが、実際に適切なチーム・ビルディングを行なう過程は一筋縄ではいかないでしょう。</p>
<p>冒頭に書いたとおり、新しい社会の枠組みを生み出すようなイノベーティブなサービスデザインプロジェクトであればあるほど、そのプロジェクトに関わる人は多様な人びととなり、はじめに話をはじめる時点では、たがいに相手の言っていることがまったく理解できないような状態であることも少なくないからです。</p>
<p>その際にはまず互いに相手を知ることからはじめる必要があるはずです。それぞれがこれまで行なってきたこと、いま何を感じていて、どんな変化を実現したいと思っているかなどを、ある程度時間をかけて共有する作業からはじめる必要があります。一見遠回りな道程だと感じられるかもしれませんが、これまでにない新しいものを生み出すことを考えれば、そうした互いに未知の領域同士が交わる場の創出からはじめることが実は早道なのだと思います。その意味でもチーム・ビルディングはサービスデザインによる社会的イノベーション創出の大事な工程だといえるでしょう。</p>
<p>もちろん、その際にはまずはヴィジョンを明確にしておかなくては、時間をかけてチーム・ビルディングする作業も無駄になってしまいますので、その順番は絶対に間違えないようにしなくてはなりません。この順番に関してはかつてアルフレッド・チャンドラーが「組織は戦略に従う」といったのと同じで、まずはチームの前にヴィジョンです。そうでなくチームを先にしてしまうと向かうべき方向を１つに定めるのがおそろしくむずかしい作業になってしまうので。</p>
<h3><big><strong>関連エントリー</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/28.html">社会的イノベーションの実現には未知のやり方に対する心理的障壁をどのように取り除くかが大事になる</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「顧客の旅」という視点から包括的にデザインを行なう</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/04/04.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.204</id>

    <published>2012-04-04T05:11:59Z</published>
    <updated>2012-04-04T05:15:20Z</updated>

    <summary>カスタマージャーニーマップやサービスブループリントといったサービスデザインで用い...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="サービスデザイン／サステナブルデザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/26.html">カスタマージャーニーマップ</a>や<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">サービスブループリント</a>といったサービスデザインで用いられる、サービスを利用する顧客の旅の道程を図式化することで、顧客がどのタッチポイントでどんな体験をし、どんな感情になるのかを把握する方法は、狭義のサービスデザイン分野におさまらず、顧客の体験価値をいかに高め、ブランドへの信頼や愛着などの絆をより強いものにするかというブランディングの視点からも重要性を高めているように思います。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120403.jpg" width="500" height="375" /></p>
<p>日本にいると、そうした「顧客の旅」を中心に体験価値やブランド価値の向上をはかるアプローチへの注目の高まりもあまり感じにくいのですが、海外で行なわれているイベントの話題などに目を向けると、そうしたアプローチが１つの大きな話題になっているのがわかります。</p> 
<p>例えば、3月下旬にニューオリンズで開催された<a href="http://2012.iasummit.org/">IA Summit 2012</a>も"Cross Your Channels in Multivariate New Orleans"と題され、ソーシャルメディアや様々なモバイルデバイスの登場でこれまで以上により複数のチャネルにまたがって提供／利用が行なわれるサービスを、いかにデザインするかという視点でのプレゼンテーションが数多く行なわれたようです。</p> 
<p>今回は、そのIA Summit 2012で行なわれたプレゼンテーションの中からSlideshare上に公開されている<a href="http://adaptivepath.com/">Adaptive Path</a>のエクスペリエンスデザイナー、Chris Risdonによるプレゼンテーション"IA Summit 2012: Mapping the Experience"をピックアップして、「顧客の旅」という視点からサービスやそれに用いられるツールの情報アーキテクチャーをいかに包括的にデザインしていけばよいかを考えてみることにします。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>タッチポイント≠チャネル</strong></big></h3>
<p>このプレゼンテーションで何より印象的なのは「<b>タッチポイント≠チャネル</b>」という考え方です。</p>
<div style="width:510px" id="__ss_12149378"> <strong style="display:block;margin:12px 0 4px"><a href="http://www.slideshare.net/livebysatellite/ia-summit-2012-mapping-the-experience" title="IA Summit 2012: Mapping the Experience" target="_blank">IA Summit 2012: Mapping the Experience</a></strong> <iframe src="http://www.slideshare.net/slideshow/embed_code/12149378" width="510" height="426" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe> <div style="padding:5px 0 12px"> View more <a href="http://www.slideshare.net/" target="_blank">presentations</a> from <a href="http://www.slideshare.net/livebysatellite" target="_blank">Chris Risdon</a> </div> </div>
<p>サービスをデザインする上ではサービスの流れを可視化するためのマップを作成しますが、その際のマップの作成の仕方としては<strong>サービス提供者側の仕事の流れとして描く描き方</strong>（Inside out ブループリントがその代表的手法）と、<strong>サービスを体験する顧客の旅の流れを描く描き方</strong>（Outside in カスタマージャーニーマッピングがその代表）の２つの方向性があります。</p>
<p>いずれの方法で描く場合でも重要なのは、まずタッチポイントとは何かを理解することだとここでは指摘されます。具体的なメディアや場所であるチャネルに対して、タッチポイントは顧客とのあいだで行なわれるインタラクションをより良いものにしたり、包括的な経験を調整するための「機能（Features）」だと定義されます。</p>
<p>84枚目のスライドにタッチポイントの機能の種類がいくつか紹介されていますが、マッピングの過程においては、こうした機能としてのタッチポイントを特定していくことが重要なのだと思います。</p>
<p><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/%E3%83%94%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%A3%201.png"><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/assets_c/2012/04/%E3%83%94%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%A3%201-thumb-500x373-317.png" width="500" height="373" /></a></p>
<p>顧客とサービス提供側のインタラクションに求められる機能を特定することで、サービス提供の流れ全体の関係性を描いていくこと、それがエクスペリエンスマッピングに求められることなのです。</p>
<h3><big><strong>事実に基づくマッピング</strong></big></h3>
<p>顧客のサービス体験を包括的に捉えてマッピングしようとするなら、タッチポイントに求められる機能の特定も含めて、単なるサービス提供側の勝手な想像によるものではなく、科学的なアプローチで集めた事実データに基づいてマッピングを行っていく必要があります。</p>
<p>スライドの後半で紹介されるAdaptive Pathが手がけた<a href="http://www.adaptivepath.com/ideas/the-anatomy-of-an-experience-map">Rail Europeの事例</a>でも、最初にサーベイが行なわれ、サービス利用者に関する理解が行なわれた上でエクスペリエンスマップの作成が行なわれていることがわかります（Rail Europeのエクスペリエンスマップに関しては、「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/26.html">エクスペリエンスジャーニーマップ／カスタマージャーニーマップ</a>」という記事の中で紹介しています）。</p>
<p>調査の方法はアンケート調査のようなサーベイの手法で行なうことが適切な場合もありますし、エスノグラフィを中心としたフィールドでの質的調査が向いているケースもあると思います。いずれにせよ、どの調査を用いるかは、どの方法が顧客のサービス体験におけるタッチポイントを理解するのに適しているかという視点で選択する必要があるでしょう。</p>
<p>そして、顧客のエクスペリエンスマッピングの過程では、調査を通じて得られた事実に基づき、デザインプロセスに参加するメンバー誰もが深く関与しながらマッピング化の作業を行なうことが何より重要です。というのも、このマッピングの過程に深く関与することではじめてサービスデザインの戦略と戦術に必要な理解が得られるからです。マッピングが視覚的な表現を用いることで、複数人が議論を行ないながらワークショップ形式で行なえる作業になっているのもそのためです。マッピングの作業の進め方については以前に「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/10.html">カスタマージャーニーマッピングを行なう10のステップ</a>」という記事でまとめていますので、あわせて参照いただければと思います。</p>
<h3><big><strong>ペルソナの旅の道程を把握する必要性</strong></big></h3>
<p>さて、最後にもう１つ、IA Summit 2012で発表されたものではありませんが、これまでの話に関連したプレゼンテーションを紹介しておきます。デザイン会社のFrogが2011年11月に発表したプレゼンテーション"Information Architecture: Making Information Accessible and Useful"です。</p>
<div style="width:510px" id="__ss_9997835"> <strong style="display:block;margin:12px 0 4px"><a href="http://www.slideshare.net/frogdesign/information-architecture-making-information-accessible-and-useful" title="Information Architecture: Making Information Accessible and Useful" target="_blank">Information Architecture: Making Information Accessible and Useful</a></strong> <iframe src="http://www.slideshare.net/slideshow/embed_code/9997835?rel=0" width="510" height="426" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe> <div style="padding:5px 0 12px"> View more presentations from <a href="http://www.slideshare.net/frogdesign" target="_blank">frog </a> </div> </div>
<p>このプレゼンテーションでは、SFMOMA（サンフランシスコ現代美術館）を訪れるデザイナーというペルソナを設定して、そのペルソナが「SFMOMAの展示から着想を得る」という目的を達成するための旅の道程を追っています。その道程を追うことで、ペルソナがサービスを利用するという観点に立てば、印刷物やWeb、施設や路上のサインなどのチャネルを個別にデザインしたのではサービス体験という包括的な体験価値を向上することはできないことが示されています。</p>
<p>私自身、多くの人がどうしても「ユーザーの体験」ではなく「物そのもの」をデザインしようとしてしまう傾向があるのを、私が主催するデザイン思考のワークショップを通じて知っています。ワークショップの参加者の半数近くがどんなに「ユーザー体験」をデザインすることが目的だと伝えても、ついつい物をデザインするという発想でしかアイデアを展開してしまうのです。</p>
<p>そして、問題は物をそれぞれ個別にデザインしてしまうことで、物と物とが別の体験価値を与えてしまうことに気づかなくなることです。包括的なユーザー体験価値を欠いたバラバラのデザインができあがってしまうのです。</p>
<h3><big><strong>旅のコンテキストを把握した上で情報アーキテクチャーを設計する</strong></big></h3>
<p>このプレゼンテーションでも、ユーザーがSFMOMAの展示を利用する際、印刷物やWeb、モバイルサイト、美術館自体に掲げられたサインや路上のサインなど、多くのチャネルに接することが示されます。それらのチャネルがバラバラにデザインされたのでは包括的な体験価値を生み出すことはできませんし、実際にそれらをつなごうとすれば、各チャネルがどのようなタッチポイントとして機能する必要があるかを理解しなくてはなりません。</p>
<p>しかも、そのデザインは、ペルソナが同じでも異なるゴールをもった別の利用シーンがそのペルソナに生じれば変わる必要がありますし、ペルソナ自体が異なれば（例えば「デザイナー」とは異なるSFMOMAの利用者としての「観光客」など）、また新たに考慮すべきコンテキストが加わることになることも、このプレゼンテーションでは示されています。</p>
<p>そうしたサービス、ユーザー、タッチポイントの関係を把握した上で、実際に情報アーキテクチャーのコア要素である「検索」「ナビゲーション」「ラベリング」「組織化と階層構造化」を検討していくことになります。情報アーキテクチャーはあくまで「顧客の旅」の把握に基づいて行なわれる必要があることをこのスライドは示しています。</p>
<h3><big><strong>新たな市場環境への適応に遅れをとらないためにも...</strong></big></h3>
<p>今回２つのプレゼンテーションを紹介しながら、「顧客の旅」という視点から包括的に情報アーキテクチャーの設計を行っていくことが、サービス体験価値を高めるためのデザイン作業にはとても重要な姿勢であることをざっと見てみました。</p>
<p>最初にも書きましたが、こうした視点は狭義のサービスデザインの領域に限った話ではないと思います。ソーシャルメディアでつながり、今後ますます所有から利用へと移行するシェアリングエコノミーが主流となっていくであろう社会において、あらゆるビジネス領域において、「顧客の旅」という動的で相互作用的な視点で自分たちのビジネスを設計していく必要があるはずだからです。</p>
<p>そうした新たな市場環境への適応が遅れることがないようにするためにも「顧客の旅」という視点から包括的に情報アーキテクチャーの設計を行なうという方法を身につけておかなくてはならないでしょう。</p>
<h3><big><strong>関連記事</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/26.html">エクスペリエンスジャーニーマップ／カスタマージャーニーマップ</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">サービスブループリントを使って病院のサービスプロセスを分析した事例</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/10.html">カスタマージャーニーマッピングを行なう10のステップ</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ビッグデータが医療分野にも創造的破壊をもたらす</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/03/19.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.195</id>

    <published>2012-03-19T03:35:50Z</published>
    <updated>2012-03-21T13:44:32Z</updated>

    <summary> すこし前に「医療／健康のサービス＆エクスペリエンスデザイン事例」という記事で、...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="サービスデザイン／サステナブルデザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[ <p>すこし前に「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/08.html">医療／健康のサービス＆エクスペリエンスデザイン事例</a>」という記事で、医療／ヘルスケアの分野でのサービスデザイン、イノベーションの事例を紹介しました。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120319.jpg" width="500" height="347" /></p>
<p>今回は、医療やヘルスケアの領域以外でも話題となっているビッグデータやインフォグラフィックといったものが、医療やヘルスケアの領域にもどんな変化をもたらしつつあるのかという点を考えていきたいと思います。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>21世紀の医療は医師ではなく患者や一般生活者が主役</strong></big></h3>
<p>高名な心臓医で、<a href="http://creativedestructionofmedicine.com/">"The Creative Destruction of Medicine"</a>の著者でもあるエリック·トポル博士は、<a href="http://jp.techcrunch.com/archives/20120314keen-on-the-creative-destruction-of-medicine-why-the-entrepreneurial-opportunities-are-limitless-tctv/">TechCrunchのインタビュー</a>のなかで、現在のデジタル化する経済のなかで20世紀に確立された従来の医療は、"創造的に破壊されよう"としていると言っています。私たちは現在、医師万能(doctor-knows-best)の時代の終わりにいる、というのです。</p>
<script src="http://player.ooyala.com/player.js?height=360&amp;embedCode=BndTVtMzrvf85OmzcR5zGC3ww5JHh0_V&amp;deepLinkEmbedCode=BndTVtMzrvf85OmzcR5zGC3ww5JHh0_V&amp;width=640"></script>
<p>（参照元：<a href="http://jp.techcrunch.com/archives/20120314keen-on-the-creative-destruction-of-medicine-why-the-entrepreneurial-opportunities-are-limitless-tctv/">「21世紀の医療は医師ではなく患者や一般生活者が主役-Eric Topol博士インタビュー」TechCrunch Japan</a>）</p>
<p>医療分野に"創造的破壊"をもたらそうとしているものは、他の領域でもすでに私たちの生活を大きく変化させつつある<b>ビッグデータ</b>です。</p>
<p>ビッグデータはいま私たちの生活スタイルや働き方に大きな変化を促しています。ビッグデータがもたらす変化の１つは、従来であれば専門家に限られていた知の領域に一般の人も容易にアクセスできるようになり、専門領域の解体・オープン化・再編という変化が起きているということでしょう。医療の領域においても、医師が主役の時代は終わり、いかに患者や一般生活者を積極的に医療の現場にアクセスさせ、参加させるかということを考えて、リデザインを行っていかなくてはそもその必要なビッグデータの収集や利用もままならないはずです。</p>
<p>トポル博士は、デジタル化された膨大な医療データが扱えるようになることで、医師たちは人間一人一人の身体のなかのオペレーティングシステムを、生まれたその日から知ることができるようになるといいます。そのことによって各種の慢性病の克服が可能になり、人間の平均寿命を90歳台にまで延ばすだろうといっています。</p>
<h3><big><strong>ヘルスケアの未来とパーソナライズされた医療機器</strong></big></h3>
<p>こうしたビッグデータを用いた医療の変化を現実にしていくためには、常に自分自身に関するデータを生成している私たちの身体のシステムから、どのようなインターフェイスを介してそれらのバイオメトリクスデータを収集するかということがポイントとなってくるでしょう。それは単なる測定器ではダメで、患者自身が積極的に利用したくなるような自分の身体の状態・調子を把握し分析できるような、単なる測定器を超えたメリットが必要とされるでしょう。</p>
<p>新しいスウェーデンに本拠をもつ老舗デザインファーム Ergonomidesignによる以下のような動画で描かれた未来のヘルスケア機器が備える、インタラクティブな<b>インフォグラフィック</b>もそうした測定器を超えたヘルスケア機器には必須となってくるはずです。</p>
<iframe src="http://player.vimeo.com/video/26010376" width="500" height="281" frameborder="0" webkitallowfullscreen="" mozallowfullscreen="" allowfullscreen=""></iframe>
<p>（参照元：<a href="https://vimeo.com/26010376">The Future of Integrated Health Care and personalised medical devices</a>）</p>
<p>こうした個々人による測定が日常化することで、現在病院内でしか行なうことのできない検査を受けるために待合室で長く待たされる不快さから解放される可能性もありますし、患者と医師の会話もリアルタイムなデータ取得に基づいた、よりリアルタイムで正確な診断に基づくものになるのではないかと思います。</p>
<h3><big><strong>新しい医療の創造的破壊を実現するために</strong></big></h3>
<p>もちろん、トポル博士がいうように、こうした新しい医療は別の課題ももたらすでしょう。取得した個人データをいかに保護するか、どのような監視によってそれを可能にするかということや、90歳まで寿命の延びた人生をいかに過ごすかといった課題が生まれるはずです。</p>
<p>とはいえ、新たな課題が生まれてくるのを恐れてばかりでは、そもそも新しい医療の創造的破壊が現実なものになることはありません。すこし前に「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/28.html">社会的イノベーションの実現には未知のやり方に対する心理的障壁をどのように取り除くかが大事になる</a>」という記事も書きましたが、新しい変化を邪魔するのは、それに積極的に抵抗する層からの圧力というよりも、変化に対して無関心な保守的な層が、新たな社会をもたらそうと努力する起業家やソーシャルイノベーターたちの動きを支援したり、その活動に参加しようとしなかったりするからです。</p>
<p>これからの医療を現実にしようとするる起業家やソーシャルイノベーターに変革の機会を与えていくためにも、私たち自身がそうした変化の動きに積極的に関わっていくことが必要なのでしょう。それが「専門家の時代の終わり」の暮らし方であり、働き方なのだと思います。</p>
<p>そんな思いで私たちは今後とも引き続き、積極的に自分たち自身の心と身体の健康のためにも、新しい医療／ヘルスケアの領域での革新をデザインを通じてお手伝いできればと思っています。</p>
<h3><br /><big><strong>関連エントリー</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/08.html">医療／健康のサービス＆エクスペリエンスデザイン事例</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/13.html">サービスブループリントを使って病院のサービスプロセスを分析した事例</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/15.html">ヘルスケアサービスの事例にみるコデザインにおける視覚表現の重要性</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>コンテンツの寿命が短くなった？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/03/02.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.194</id>

    <published>2012-03-02T07:47:32Z</published>
    <updated>2012-03-21T13:45:02Z</updated>

    <summary>いま、コンテンツの寿命がとても短くなる傾向にあると感じています。   コンテンツ...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="メディア論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>いま、コンテンツの寿命がとても短くなる傾向にあると感じています。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120302a.jpg" width="500" height="333" /></p> 
<p>コンテンツの認知経路としてソーシャルメディアが占める割合は高まっています。Webページに限らず、動画やスライド、PDFファイルなど、インターネット上でアクセスできるコンテンツは、FacebookやTwitterで共有されることでその認知が拡散するケースが増えています。さらにモバイル端末を使っていつでもリアルタイムに共有されるケースも多いため、コンテンツが拡散する速度はますますアップしています。</p>
<p>ただコンテンツ共有の拡散速度がアップするのに比例して、コンテンツが消費される速度もまたはやくなっています。こうしたブログの記事などはあっという間に消費されてしまいます。もちろん、後々検索されて再発見される機会もあるのですが、話題になるのはソーシャルメディア上で共有される一瞬のあいだです。そんな風に、コンテンツは以前に比べて、はるかにその寿命が短くなってしまっています。</p> ]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>テクストがフロー化する傾向のなかでの「コンテンツの短命化」という現象</strong></big></h3>
<p>このコンテンツの短命化もやはり昨日の「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/03/01.html">フロー化するテクスト体験（動画で見る「新しい知の織物の形」）</a>」で指摘した、テクストや情報のフロー化の影響下にある１つの現象だと思うのです。</p>
<p>テクストをストックしアーカイブ化することに重点をおいたストック型テクストの社会においては、コンテンツをいかに保管するか、さらにその保管したコンテンツを利用者がいかに再発見できるようにするかが課題でした。それは図書館的課題であり、Google的課題です。</p>
<p>あるいは、コンテンツそのものを共有物ではなく、個人所有物とすることで保管や利用を所有者であるコンテンツに任せるために、いかにコンテンツを個人に所有させるか→購入させるかという意味ではマーケティング的課題でした。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120302d.jpg" width="500" height="351" /></p>
<p>しかし、フロー化するテクストの時代には、その課題は保管や再発見、個人所有の促進から、いかに多くの人がコンテンツの消費にリアルタイムに参加できるようにするか、参加することでコンテンツを体験できるようにするかということに重点がおかれるようになります。</p> 
<p>まさにGoogle検索から、TwitterやFacebookを介してのシェア。孤独な読書体験から勉強会やワークショップでの共同体験へとシフトしています。</p> 
<p>そこではコンテンツは長く保管されたり所有されたりする対象ではなく、あるイベントに参加し体験するための媒介として一次的にアクセスされるものというポジションに変化しています。</p> 
<p>そう。それがストックからフローへの変化です。</p> 
<h3><big><strong>「情報」という名詞と「情報する」という動詞</strong></big></h3>
<p>いまはまだストック型の社会からフロー型の社会へ移行する過渡期だと思うので、ついついストック型の発想で物事を捉えがちです。情報というものを印刷された本のように物理的なモノとして扱ったりしてしまいます。</p> 
<p>しかし、フローとして捉えた場合、情報はモノ的側面として捉えるのではなく、人と何らかの対象とのインタラクションを通じて得られる体験として現象的に捉える必要があります。モノのように固定された形が常にストックされる類いものではなく、話し言葉や季節の移ろいのように現れては消える儚い現象が情報であり、かつ、リアルタイムに進行する場への積極的な参加によって得られるものが情報であると考えたほうがよいでしょう。</p> 
<p>その意味では、これまで「情報」という名詞で捉えてきたものは、むしろ「情報する」というように動詞として捉えたほうがいいのではないかとも思います。</p> 
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120302b.jpg" width="500" height="333" /></p>
<p>ですので、ストック型の発想では単純な所有〜消費の視点で「コンテンツは短命化した」と捉えられるかもしれませんが、フロー型の視点に立てば、そもそも情報は形のあるモノとして存在するのではなく、インタラクティブな振る舞いのなかで生れ出てくるものですから、現れて消える期間の長さ／短さは問題になりえないのです。それよりも、むしろ、ある情報がまさに現れでるという現象に<b>どれだけの人が参加したか</b>のほうが問題であるし、<b>その参加者たちとの関係性やそのコミュニティ自体がどれだけ持続可能性を持っているか</b>ということのほうが問題になってくるのだと思います。</p> 
<p>従来のコンテンツ評価のように「クリエイティビティが高い」といったモノ的評価よりも、どれだけの人に共感されたか、つなぎとめることができたかという現象そのものがコンテンツ評価の基準となるのではないでしょうか？</p> 
<h3><big><strong>人びとを場に参加させ、お互いにつなぎとめているまさにそのときに蠢いているものが情報</strong></big></h3>
<p>まさにこうした情報やコンテンツをめぐる変化は、モノからコトへ、製品からサービスへといった動きと関連した変化です。</p> 
<pここthink social="" blogや<a="" href="http://www.facebook.com/think.social.desgin">Think Social Facebookページで、参加型経済モデル下でのサービスビジネスをテーマに情報発信やコミュニケーションを行なっているのも、そうしたモノからコトへ、消費から参加への変化を感じているからにほかなりません。<p></p> 
<p>マーシャル・マクルーハンは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622018977/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622018977">『メディア論―人間の拡張の諸相』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622018977" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />のなかで、こう書いています。</p>
<blockquote><p>機械時代の終焉を迎えているにもかかわらず、なお人びとは、新聞やラジオは、いやテレビさえも、情報形態であることは認めながらも、実は車や石けんやガソリンと同じように有形商品（ハードウェア）の製造者や消費者によって売買されるものと考えていた。オートメーションが地歩を固めるにつれて「情報」こそが肝心の商品であって、有形の生産品は情報の移動を助ける付随物にすぎないことが明確になってくる。</p>
<div style="text-align: right;">マーシャル・マクルーハン<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622018977/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622018977">『メディア論―人間の拡張の諸相』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622018977" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>このマクルーハンの指摘はサービス経済、シェアリングビジネスの時代を迎えて、もはや商品が「情報の移動を助ける付随物」としても個人所有する価値がない（必要なときにレンタルすれば良い）ものであることが明らかになるにつれ、より強烈な意味をつきつけているのだと思います。</p> 
<p>有形の生産品であれ、ヴァーチュアルなコンテンツであれ、モノとしてのそれらは急激に価値を失いつつあり、人びとをつなぎとめる、リアルあるいはヴァーチュアルなイベントの場に添えられた媒介物へと変化しているからです。</p> 
<p>サービスという観点で、自分たちのビジネスのリデザインを構想するとき、僕らは人びとを場に参加させ、お互いにつなぎとめているまさにそのときに蠢いているものが情報であるという考えをもって、サービスプロセスのなかでの情報の位置づけをしっかりとデザインしていく必要があるのです。</p> 
<p>「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/03/01.html">フロー化するテクスト体験（動画で見る「新しい知の織物の形」）</a>」で書いたとおり、テクスト体験はフロー化しているのであり、そのなかでコンテンツもまた従来のようなモノ的なポジションから、人間同士をつなぎとめコミュニティを形成するためのイベントのなかで生まれてくるものという位置づけになってきています。そして、そうした視点でコンテンツというものを再定義した企業や個人が、これからのサービス経済を生き残っていけるのだろうと感じます。</p> 
<p>さあ、頭のなかを入れ替えましょう！</p> 
<h3><big><strong>関連エントリー</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/03/01.html">フロー化するテクスト体験（動画で見る「新しい知の織物の形」）</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/07.html">変わる読書体験と「参加のデザイン」</a></li>
</ul></pここthink>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>フロー化するテクスト体験（動画で見る「新しい知の織物の形」）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/03/01.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.193</id>

    <published>2012-03-01T03:03:52Z</published>
    <updated>2012-03-21T13:49:17Z</updated>

    <summary>テクストと書物は必ずしもイコールではありません。  電子書籍云々を持ち出さなくと...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="メディア論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>テクストと書物は必ずしもイコールではありません。</p> 
<p>電子書籍云々を持ち出さなくとも、すでに十分すぎるほどインターネットに親しんでいる私たちにとって、それは自明のことであるはずです。日々接する多くのWebページのコンテンツ、TwitterやFacebookなどの断片化された言葉、あるいは、PDFファイル形式のドキュメントや<a href="http://www.slideshare.net/">Slideshare</a>で共有されるプレゼンテーションなど、テクストを載せるメディアがもはや印刷された紙の書物だけではないことを知っています。</p> 
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120229.jpg" width="500" height="333" /></p>
<p>ただ、そんな私たちでも、印刷術の発明によって活字本が生まれる以前の中世までのヨーロッパにおいては建築もまたテクストを載せるメディアとして認識され利用されていたと知れば、驚く人のほうが多いのではないでしょうか。</p> 
<blockquote><p>司教補佐はしばらく黙ってその巨大な建物をながめていたが、やがて溜息をひとつつくと、右手を、テーブルにひろげてあった書物のほうへ伸ばし、左手を、ノートル＝ダム大聖堂のほうへ差し出して、悲しげな目を書物から建物へ移しながら言った。</p>
<p>「これがあれを滅ぼすだろう。書物が建物を」</p></blockquote>
<p>これはヴィクトル・ユゴーの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4267015651/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4267015651">『ノートル=ダム・ド・パリ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4267015651" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />のなかの一節ですが、ユゴーはこのシーンで、登場人物であるパリのノートルダム大聖堂の司教補佐クロード・フロロに、印刷技術という新しいテクノロジーによって生まれた活字本という新しい知のメディアがそれ以前の知のメディアであった「石の書物」としての建築の意義が変化していく様を嘆かせるシーンを描くことで、紙の書籍以前の建築というメディアの存在を明らかにしています。</p> 
<p>活字本が歴史に登場する以前、もちろん紙の書籍としては写本も存在しました。ただし、それは現在の本とは比較にならないほど貴重なもので、気軽に所有したり持ち運んだりできるものではありませんでした。その点では写本というメディア形態は、建築というメディアとそれほど変わらなかったのです。むしろ、一度に複数の人が利用できるという面からみれば、写本よりもノートルダム大聖堂のような建築のほうに優位性があったとさえいえるはずです。</p> 
]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>ストックされる知／フローとして流れていく知</strong></big></h3>
<p>人びとは建築空間のなかに身を投じることで、様々なテクストに触れることができました。</p> 
<p>それは読書のように本と読者のあいだで繰り広げられる孤独なテクスト体験ではなく、ミサや礼拝などの複数の人びとが集まる場に参加することでもたらされる共同体験的なテクスト体験だったはずです。</p> 
<p>紙の書物の上に並んだ活字として固定されたテクストを体験するのとは異なり、教会の建築というメディアのなかで人びとが触れるテクストは、時には司祭の声として、時にはステンドグラスや建物そのものに刻み込まれた彫刻などに刺激されて蘇る記憶の束として、あらわれては消える非固定的で儚いテクストとして体験されたのです。</p> 
<p>紙の上に印刷された文字のように固定されるのではなく、テレビの画面に映し出される画像やTwitterのタイムラインを流れては消えるつぶやきのように非固定の状態で体験される、それが建築という参加型のメディアにおけるテクスト体験でした。</p> 
<p>まさに、そのテクスト体験は、モバイルとソーシャルメディアの普及によってますます加速している現代のテクスト体験と非常に似ているように思います。印刷術によって書かれた言葉を個々人が所有でき、ストックされた情報から好きなときに好きな情報を持ち運ぶことが可能になった大きなテクスト体験の変革を越えて、再び、私たち人間は話し言葉のように時とともに流れていくリアルタイム性の高いテクスト体験の時代に突入しているようです。</p> 
<p>その変化は言うなれば<strong>「ストックされる知」から「フローとして流れていく知」への変化</strong>と捉えることができるのではないでしょうか。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120229_2.jpg" width="500" height="333" /></p> 
<h3><big><strong>テクストの受動的な消費者から、テクストへの積極的な参加者へ</strong></big></h3>
<p>その現在進行中のテクスト体験の変革は、単純な過去の話し言葉社会への回帰ではないにせよ、フローとして流れる知を体験することが重視され、それゆえ必然的にリアルタイム性をまとうこともあり、かつてのような参加型のテクスト体験としての性格を色濃くもっているように思います。</p>
<p>マーシャル・マクルーハンは、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622018969/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622018969">『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622018969" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />のなかで文字社会の住人と、非文字社会の住人を比較して次のように書いています。</p>
<blockquote><p>すべての文字社会における鑑賞者の基本的な一面は、本であれ映画であれ、そのまえでただただ受動的な消費者としての役割に徹する、という点である。しかしながらアフリカの聴視者は、物語が語られるとき仲間から離れてただ黙って耳を傾けるという訓練をまったく欠いている。</p>
<div style="text-align: right;">マーシャル・マクルーハン<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622018969/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4622018969">『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4622018969" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>話し言葉社会と同様、フロー化するテクストの時代のテクスト体験もまた「仲間から離れてただ黙って耳を傾ける」といったものにはならないでしょう。仲間といっしょになってリアルタイムにコミュニティに参加しながらテクストそのものを作り上げていく、そうした体験がこれからのテクスト体験になるのではないかと思います。</p>
<h3><big><strong>新しい知の織物の形</strong></big></h3>
<p>まさに次に引用するような形で、自分自身も参加するできごととして体験される本がこれからのテクストになるのではないでしょうか。</p>
<blockquote><p>手書き本の文化のなかでは、本を、１つの対象物というより、一種の発話として、つまり、会話のなかでの１つのできごととして見るような感覚がずっと保たれていた。</p>
<div style="text-align: right;">ウォルター・J・オング<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4938661365/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=desiitwlove-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4938661365">『声の文化と文字の文化』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=desiitwlove-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4938661365" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div></blockquote>
<p>それはルネサンス以降、近代の歴史において中心的テクストとして君臨してきた印刷本の観念の形を越えて、さらに印刷本の影響から免れることができていない従来のWebページや電子書籍なども越えて、新しい参加型テクスト体験を可能にする新たな知の織物＝テクストの形を求めているのではないかと思います。それはかつて建築空間がテクストメディアそのものであったように、空間的で、リアルタイム的で、動的なアクションをともない、参加者とのインタラクションが可能な形のテクストになるでしょう。</p>
<p>以下では、そんな新たな参加型テクスト体験を予感させる新しいテクストの形をいくつか事例を動画の紹介も交えてみていくことにします。</p>
<h3><big><strong>1. プロジェクション・マッピング</strong></big></h3>
<p>最初に取り上げるのは、ここ数年、広告業界などで話題となっているプロジェクション・マッピングです。</p>
<p>プロジェクション・マッピングとは、建物などの立体的な形状のうえに映像を投影することで、あたかも実際の建物が動いていたり、別の建物に変化してしまうような印象をつくりだす映像表現技法です。</p>
<p>例えば、次の動画のように、アディダスがフランス・マルセイユで行なったキャンペーンでも、サッカーボールを蹴る選手たちが影絵のように窓に映し出されたり、BMXに乗った人が建物のなかに入っていったり、ダンクを決めたバスケットボール選手が勢い余って建物を粉々に破壊してしまったりといった演出が、緻密に計算されたプロジェクション・マッピングによって表現されています。</p>
<iframe src="http://player.vimeo.com/video/21216142" width="500" height="281" frameborder="0" webkitallowfullscreen="" mozallowfullscreen="" allowfullscreen=""></iframe>
<p>（参照：<a href="http://kisstv-tomato.blogspot.com/2011/04/adidas-france-3d-mapping-projection.html">Adidas France - 3D Mapping Projection : [tomato*] KissTV Culture Magazine</a>）</p>
<p>建築をメディアとして体験するという意味では、中世までの建築空間をテクストとして体験する感覚にも似ています。場に集まった人びとが参加しながらテクストを体験するという点でも、新しい知の織物の形といえるかもしれません。プロジェクション・マッピングで物足りない点があるとすれば、いまのところ、双方向的なインタラクションが可能ではないということでしょうか？</p>
<h3><big><strong>2. Kinect</strong></big></h3>
<p>そうしたプロジェクション・マッピングにおける双方向のインタラクションがないという課題を解決する方法をすでに示しているといえるのが、MicrosoftのXBOXに搭載されている技術であるKinectではないでしょうか。</p>
<p>コントローラーを使わず、自分の身体自体をコントローラー代わりにしてゲームの世界に参加できるKinectは、まさに参加型のテクスト体験を実現可能にするものといえるのではないでしょうか。</p>
<iframe src="http://player.vimeo.com/video/31744508" width="500" height="281" frameborder="0" webkitallowfullscreen="" mozallowfullscreen="" allowfullscreen=""></iframe>
<p>このKinectと3次元のプロジェクション・マッピングが組み合わせることが可能になれば、新しい参加型のテクストを織り上げる可能性も生まれてくるのではないかと感じます。</p>
<h3><big><strong>3. 3Dインフォグラフィック</strong></big></h3>
<p>ここまでは映像を使った参加型テクストの可能性を示す事例でしたが、次に紹介するのは3次元の物理的な物体で表現されるインフォグラフィックの例です。</p>
<p>下の動画では、デヴィッド・ボーエンというアーティストが制作した、海の波の動きを表現する3Dインフォグラフィックが紹介されています。</p>
<iframe src="http://player.vimeo.com/video/25781176" width="500" height="281" frameborder="0" webkitallowfullscreen="" mozallowfullscreen="" allowfullscreen=""></iframe>
<p>（参照：<a href="http://www.fastcodesign.com/1669126/an-infographic-sculpture-shows-ocean-waves-thousands-of-miles-away">An Infographic Sculpture Shows Ocean Waves, Thousands Of Miles Away : Co.Design</a>）</p>
<p>インフォグラフィックもまた参加型のテクスト社会における１つの技術だと思います。ワークショップなどの共同作業の場で、ことばのみによるコミュニケーションよりも、スケッチや簡単なプロトタイプを用いてコミュニケーションを行なうほうが活発で具体的な議論が可能となるように、視覚表現を駆使してわかりやすい情報伝達を可能にするインフォグラフィックは、人びとの積極的な参加を可能にする新しいテクストだといえます。</p>
<p>この作品は、さらにそうしたインフォグラフィックのもつ可能性を、3次元の物体として視覚だけでなく、触覚的にも体感できるようにしたり、動きという静的なインフォグラフィックにはない要素も加えることで、より直感的にしているといえます。</p>
<p>3次元のインフォグラフィックというのはまだまだ初期のプロトタイプの段階にあるように思いますが、プロジェクション・マッピングやKinectなどの映像系の新しいテクストの形とはまた別の可能性を感じさせてくれます。</p>
<h3><big><strong>4. インフォグラフィック＋オンライン動画＋ストーリーテーリング</strong></big></h3>
<p>最後に紹介するのは、すでに言及したインフォグラフィックをはじめ、ストーリテリング、オンライン配信の動画といった現在のコミュニケーション手法のトレンド的な要素を組み合わせることで、安価な予算による製作ながら、新しいテクストの形を感じさせてくれる、灰色熊の生態に関するドキュメンタリーです。</p>
<iframe src="http://player.vimeo.com/video/35267742" width="500" height="281" frameborder="0" webkitallowfullscreen="" mozallowfullscreen="" allowfullscreen=""></iframe>
<p>（参照：<a href="http://www.fastcodesign.com/1669121/bear71-a-new-type-of-ipad-documentary-powered-by-infographics">Bear71: A New Type Of iPad Documentary Powered By Infographics : Co.Design</a>）</p>
<p>これまで紹介した3例がいずれも空間的・3次元的なものであったのに対して、こちらは2次元の画面の上に展開されるものです。ですので、制作のしやすさや、すでに多くの人が持っているモバイルデバイスでも利用可能という意味ではもっとも身近に感じられる例ではないかと思います。</p>
<p>そうであるがゆえに、これまでのテクスト体験や動画やゲームの体験と変わらないものと受け取られてしまう可能性も高いはずです。しかし、このテクストの形も単純に「消費者として受動的に傍観するもの」としてではなく、「参加者として積極的にテクストを形づくるもの」として利用することを想定した発想に頭を切り替えると、新しい可能性が生まれてくるはずです。</p>
<h3><big><strong>参加型のテクストと参加型経済モデル</strong></big></h3>
<p>こうした例だけでなく、いま話題となっているゲーミフィケーションや、ゲームストーミングなども含めたリアルな場でのブレインストーミングや対談なども、結局はフロー化するテクスト体験の時代の「新しい知の組織化の形＝新しい知の織物の形」の模索の作業であると考えます。ルネサンス期から続いた印刷本中心のテクスト体験を越えた、新たなテクスト体験の時代はまさにいま様々な場面で研究されている最中だと思います。</p>
<p>こうした表現の研究をたんに物珍しさだけで見てスルーしてしまうのではなく、進行中の<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/18.html">参加型経済モデル</a>への変換と表裏一体の動きとして捉えて、ビジネスの形も、個々人のワークスタイルの形も、今後どう変革していくかを見定めていく必要があるでしょう。所有・傍観・消費型の経済モデルから非所有・参加・サービス利用型の経済モデルへの大きな変化の１つの現象がこうしたテクストの形の変化として現れているのですから。</p>
<h3><big><strong>関連エントリー</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/07.html">変わる読書体験と「参加のデザイン」</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/01/18.html">デザイン思考と参加型社会</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>社会的イノベーションの実現には未知のやり方に対する心理的障壁をどのように取り除くかが大事になる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/28.html" />
    <id>tag:www.coprosystem.co.jp,2012:/marketingblog//11.192</id>

    <published>2012-02-28T08:41:33Z</published>
    <updated>2012-03-21T13:49:42Z</updated>

    <summary>１つのモノであっても、それを扱う際のやり方には複数の選択肢があったりします。 針...</summary>
    <author>
        <name>棚橋</name>
        
    </author>
    
        <category term="サービスデザイン／サステナブルデザイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="人間中心設計／デザイン思考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/">
        <![CDATA[<p>１つのモノであっても、それを扱う際のやり方には複数の選択肢があったりします。</p>
<p>針の穴に糸を通すのでも、針に対してこちら側からあちら側に通す人もいるかもしれませんし、針の向こう側から手前に向かって糸を通す人もいるのではないでしょうか。</p>
<p>そして、多くの人が、自分のいつものやり方が普通であって、そうではないやり方を異常であるとか、やりにくい方法であると考えてしまう傾向があります。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/20120228.jpg" width="500" height="360" /></p>
<p>例えば、医薬品に関する調査などを行なうと、よくあるプラスチックとアルミでできたシートから薬の錠剤を取り出す場面でも、その取り出し方は人によって異なり、大きく分けると次のような２つのタイプがいることに気づきます。</p>
<ul>
	<li>透明なプラスチックごしに中の錠剤がみえる側を上に向けて、親指で押し出して、<strong>下に落ちてくる薬をもう片方の手で拾う</strong>タイプの人</li>
	<li>反対にアルミの側を上に向け、プラスチックの側を下に向けて人差し指などで<strong>錠剤を押し上げて出す</strong>タイプ</li>
</ul>
<p>さて、みなさんはどちらのタイプでしょうか？</p>
<p>この例でも、いずれのタイプの人も自分が普段やっている出し方が普通だと考え、自分がやっていないもう一方の薬の取り出し方があるのを知ると、その取り出し方に違和感を感じます。さらにこの例で面白いのは、いずれのタイプの人も自分が普段やっていない方の薬の取り出し方では「薬が落ちてしまいそう」と感じることです。</p>
<p>普段、錠剤を押し上げて出している人にとっては、下に薬を押し出すのは薬が出てくるところが見えないので落としそうに感じるし、逆に下に押し出す人にとっては、シートの上で薬が転がってしまいそうで落としそうだと感じるのです。</p>]]>
        <![CDATA[<h3><big><strong>未知のオルタナティブな方法に対する不安</strong></big></h3>
<p>これはつまり自分が普段行なっていない「やり方」が、その人にとって未知であるがゆえのネガティブな反応なのでしょう。</p>
<p>もともと転がりやすい丸い形状の錠剤（転がりやすさは口のなかではひっかからずに飲めるというポジティブな性格に転じます）が転がって落ちないように取り出すやり方は人それぞれ持っています。その方法は先のように２つのタイプに分かれ、人はそのいずれかを選択しています。</p>
<p>と同時に、ほとんどの人がもう１つ自分とは別の方法があることに気づいていません。だから、もう１つ自分とは別のやり方で薬を取り出している人がいるのを知るとまずびっくりする。そして、そのやり方だと薬を落としそうと感じてしまうのです。</p>
<p>ほとんどの人が自分の頭にはイメージもない、もう一方の方法では、転がりやすい丸く小さな薬を自分の手のなかで上手にコントロールして落ちなくするのに、どうしたらよいかが想像しづらく不安を感じるのではないでしょうか？</p>
<h3><big><strong>行為の結果を予測した上で行為を行なう</strong></big></h3>
<p>以前、「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2011/11/22.html">環世界／アフォーダンス／メンタルモデル</a>」という記事で、ドナルド・A・ノーマンの「行為の７段階モデル」を参照しながら、<strong>人間は何か自分自身の外にある対象に対して行為を行なう際には、自分がどういう行為を行なうと対象はどのように変化をするかを予測しながら行為を行なう</strong>ということを紹介しましたが、自分が普段行なわない薬の取り出し方に対しては、この予測の結果が「落としそう」というイメージにつながり不安になるのでしょう。</p>
<p><img alt="" src="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/action7process.png" width="475" height="297" /></p>
<p>上の図でいえば「意図の形成」の部分に、普段やったことがない方法を無理矢理代入することで、「落としそう」というイメージが浮かんで「行為の実行」にまで至らないのではないかと思います。その一方、普段慣れ親しんだ方法なら、落とす確率はそんなに高くないという予測があるので安心していつもの取り出し方で薬を取り出せるのです。</p>
<h3><big><strong>新しいツールを受け入れる際の心理的障壁</strong></big></h3>
<p>ここでの２つの薬の取り出す方はいずれも人が自分の身体を使ってやる方法でした。</p>
<p>ただ、こうした例に見られる自分が普段想像もしない「やり方」に対する違和感は、いまだ使ったことのない新しいツールを受け入れる際の違和感にも通じるはずです。</p>
<p>そのツールを利用することが自分にとって馴染みのないものだと感じれば、その人は同時に、そのツールに対して「きっと使えないだろう」といったネガティブなイメージをもってしまうでしょう。</p>
<p>こうやって使ったらこんな結果が得られるというポジティブなイメージが予測として自分の頭のなかで組み立てられないために、実際に使ってみれば自分でもポジティブな評価を下すことになるかもしれないものに対しても、人は実際に使う以前の段階でネガティブな評価を下してしまうのです。</p>
<p>新しいツールを普及させるむずかしさがここにあります。</p>
<h3><big><strong>社会的イノベーションの実現には心理的障壁をどのように取り除くかが大事になる</strong></big></h3>
<p>とうぜん、社会的なイノベーションを実現していく上でも、未知の「やり方」に対する心理的障壁をどのようにして取り除いていくか？ということが大事になってきます。どんなに優れた新しいソリューションであっても、それを利用したり、その取り組みに参加したりする人が不安を感じるようでは、イノベーションの実現には至りません。</p>
<p>社会的イノベーションのためのデザインプロセスにおいて、様々なステークホルダーに<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">デザインのプロセスに参加してもらいながらデザインを行っていく</a>のは、そうした障壁をあらかじめ取り除くためであったりします。できあがったものを提供される形では感じてしまう違和感も、デザインの過程に自ら参加して自分自身もいっしょにアイデアを生み出す側となることで、未知のものに不安を感じるような状況がそもそも生じないようにするのです。</p>
<p>こうした参加型デザインを可能にするためにも「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/15.html">ヘルスケアサービスの事例にみるコデザインにおける視覚表現の重要性</a>」で書いたような視覚表現を駆使してデザインを進めたり、「<a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/16.html">サービスプロトタイピングってどうやるのか？がわかる動画</a>」で紹介したような方法で具体的なサービスイメージを共有しながら、自分たちのアイデアを作り上げていくことが必要になるのです。</p>
<p>さまざまなビジネスがサービス化したり、社会的イノベーションが必要な課題が増えているなかで、未知のやり方に対する障壁を取り除きながら、新しい社会や暮らしを実現する方法をしっかりと身につけていることがより重要になってきているのでしょう。</p>
<h3><big><strong>関連エントリー</strong></big></h3>
<ul>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2011/11/22.html">環世界／アフォーダンス／メンタルモデル</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/02.html">参加のデザイン（Co-design、Co-production）</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/15.html">ヘルスケアサービスの事例にみるコデザインにおける視覚表現の重要性</a></li>
	<li><a href="http://www.coprosystem.co.jp/marketingblog/2012/02/16.html">サービスプロトタイピングってどうやるのか？がわかる動画</a></li>
</ul>]]>
    </content>
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