フロー化するテクスト体験(動画で見る「新しい知の織物の形」)

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テクストと書物は必ずしもイコールではありません。

電子書籍云々を持ち出さなくとも、すでに十分すぎるほどインターネットに親しんでいる私たちにとって、それは自明のことであるはずです。日々接する多くのWebページのコンテンツ、TwitterやFacebookなどの断片化された言葉、あるいは、PDFファイル形式のドキュメントやSlideshareで共有されるプレゼンテーションなど、テクストを載せるメディアがもはや印刷された紙の書物だけではないことを知っています。

ただ、そんな私たちでも、印刷術の発明によって活字本が生まれる以前の中世までのヨーロッパにおいては建築もまたテクストを載せるメディアとして認識され利用されていたと知れば、驚く人のほうが多いのではないでしょうか。

司教補佐はしばらく黙ってその巨大な建物をながめていたが、やがて溜息をひとつつくと、右手を、テーブルにひろげてあった書物のほうへ伸ばし、左手を、ノートル=ダム大聖堂のほうへ差し出して、悲しげな目を書物から建物へ移しながら言った。

「これがあれを滅ぼすだろう。書物が建物を」

これはヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』のなかの一節ですが、ユゴーはこのシーンで、登場人物であるパリのノートルダム大聖堂の司教補佐クロード・フロロに、印刷技術という新しいテクノロジーによって生まれた活字本という新しい知のメディアがそれ以前の知のメディアであった「石の書物」としての建築の意義が変化していく様を嘆かせるシーンを描くことで、紙の書籍以前の建築というメディアの存在を明らかにしています。

活字本が歴史に登場する以前、もちろん紙の書籍としては写本も存在しました。ただし、それは現在の本とは比較にならないほど貴重なもので、気軽に所有したり持ち運んだりできるものではありませんでした。その点では写本というメディア形態は、建築というメディアとそれほど変わらなかったのです。むしろ、一度に複数の人が利用できるという面からみれば、写本よりもノートルダム大聖堂のような建築のほうに優位性があったとさえいえるはずです。

ストックされる知/フローとして流れていく知

人びとは建築空間のなかに身を投じることで、様々なテクストに触れることができました。

それは読書のように本と読者のあいだで繰り広げられる孤独なテクスト体験ではなく、ミサや礼拝などの複数の人びとが集まる場に参加することでもたらされる共同体験的なテクスト体験だったはずです。

紙の書物の上に並んだ活字として固定されたテクストを体験するのとは異なり、教会の建築というメディアのなかで人びとが触れるテクストは、時には司祭の声として、時にはステンドグラスや建物そのものに刻み込まれた彫刻などに刺激されて蘇る記憶の束として、あらわれては消える非固定的で儚いテクストとして体験されたのです。

紙の上に印刷された文字のように固定されるのではなく、テレビの画面に映し出される画像やTwitterのタイムラインを流れては消えるつぶやきのように非固定の状態で体験される、それが建築という参加型のメディアにおけるテクスト体験でした。

まさに、そのテクスト体験は、モバイルとソーシャルメディアの普及によってますます加速している現代のテクスト体験と非常に似ているように思います。印刷術によって書かれた言葉を個々人が所有でき、ストックされた情報から好きなときに好きな情報を持ち運ぶことが可能になった大きなテクスト体験の変革を越えて、再び、私たち人間は話し言葉のように時とともに流れていくリアルタイム性の高いテクスト体験の時代に突入しているようです。

その変化は言うなれば「ストックされる知」から「フローとして流れていく知」への変化と捉えることができるのではないでしょうか。

テクストの受動的な消費者から、テクストへの積極的な参加者へ

その現在進行中のテクスト体験の変革は、単純な過去の話し言葉社会への回帰ではないにせよ、フローとして流れる知を体験することが重視され、それゆえ必然的にリアルタイム性をまとうこともあり、かつてのような参加型のテクスト体験としての性格を色濃くもっているように思います。

マーシャル・マクルーハンは、『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』のなかで文字社会の住人と、非文字社会の住人を比較して次のように書いています。

すべての文字社会における鑑賞者の基本的な一面は、本であれ映画であれ、そのまえでただただ受動的な消費者としての役割に徹する、という点である。しかしながらアフリカの聴視者は、物語が語られるとき仲間から離れてただ黙って耳を傾けるという訓練をまったく欠いている。

話し言葉社会と同様、フロー化するテクストの時代のテクスト体験もまた「仲間から離れてただ黙って耳を傾ける」といったものにはならないでしょう。仲間といっしょになってリアルタイムにコミュニティに参加しながらテクストそのものを作り上げていく、そうした体験がこれからのテクスト体験になるのではないかと思います。

新しい知の織物の形

まさに次に引用するような形で、自分自身も参加するできごととして体験される本がこれからのテクストになるのではないでしょうか。

手書き本の文化のなかでは、本を、1つの対象物というより、一種の発話として、つまり、会話のなかでの1つのできごととして見るような感覚がずっと保たれていた。

ウォルター・J・オング『声の文化と文字の文化』

それはルネサンス以降、近代の歴史において中心的テクストとして君臨してきた印刷本の観念の形を越えて、さらに印刷本の影響から免れることができていない従来のWebページや電子書籍なども越えて、新しい参加型テクスト体験を可能にする新たな知の織物=テクストの形を求めているのではないかと思います。それはかつて建築空間がテクストメディアそのものであったように、空間的で、リアルタイム的で、動的なアクションをともない、参加者とのインタラクションが可能な形のテクストになるでしょう。

以下では、そんな新たな参加型テクスト体験を予感させる新しいテクストの形をいくつか事例を動画の紹介も交えてみていくことにします。

1. プロジェクション・マッピング

最初に取り上げるのは、ここ数年、広告業界などで話題となっているプロジェクション・マッピングです。

プロジェクション・マッピングとは、建物などの立体的な形状のうえに映像を投影することで、あたかも実際の建物が動いていたり、別の建物に変化してしまうような印象をつくりだす映像表現技法です。

例えば、次の動画のように、アディダスがフランス・マルセイユで行なったキャンペーンでも、サッカーボールを蹴る選手たちが影絵のように窓に映し出されたり、BMXに乗った人が建物のなかに入っていったり、ダンクを決めたバスケットボール選手が勢い余って建物を粉々に破壊してしまったりといった演出が、緻密に計算されたプロジェクション・マッピングによって表現されています。

(参照:Adidas France - 3D Mapping Projection : [tomato*] KissTV Culture Magazine

建築をメディアとして体験するという意味では、中世までの建築空間をテクストとして体験する感覚にも似ています。場に集まった人びとが参加しながらテクストを体験するという点でも、新しい知の織物の形といえるかもしれません。プロジェクション・マッピングで物足りない点があるとすれば、いまのところ、双方向的なインタラクションが可能ではないということでしょうか?

2. Kinect

そうしたプロジェクション・マッピングにおける双方向のインタラクションがないという課題を解決する方法をすでに示しているといえるのが、MicrosoftのXBOXに搭載されている技術であるKinectではないでしょうか。

コントローラーを使わず、自分の身体自体をコントローラー代わりにしてゲームの世界に参加できるKinectは、まさに参加型のテクスト体験を実現可能にするものといえるのではないでしょうか。

このKinectと3次元のプロジェクション・マッピングが組み合わせることが可能になれば、新しい参加型のテクストを織り上げる可能性も生まれてくるのではないかと感じます。

3. 3Dインフォグラフィック

ここまでは映像を使った参加型テクストの可能性を示す事例でしたが、次に紹介するのは3次元の物理的な物体で表現されるインフォグラフィックの例です。

下の動画では、デヴィッド・ボーエンというアーティストが制作した、海の波の動きを表現する3Dインフォグラフィックが紹介されています。

(参照:An Infographic Sculpture Shows Ocean Waves, Thousands Of Miles Away : Co.Design

インフォグラフィックもまた参加型のテクスト社会における1つの技術だと思います。ワークショップなどの共同作業の場で、ことばのみによるコミュニケーションよりも、スケッチや簡単なプロトタイプを用いてコミュニケーションを行なうほうが活発で具体的な議論が可能となるように、視覚表現を駆使してわかりやすい情報伝達を可能にするインフォグラフィックは、人びとの積極的な参加を可能にする新しいテクストだといえます。

この作品は、さらにそうしたインフォグラフィックのもつ可能性を、3次元の物体として視覚だけでなく、触覚的にも体感できるようにしたり、動きという静的なインフォグラフィックにはない要素も加えることで、より直感的にしているといえます。

3次元のインフォグラフィックというのはまだまだ初期のプロトタイプの段階にあるように思いますが、プロジェクション・マッピングやKinectなどの映像系の新しいテクストの形とはまた別の可能性を感じさせてくれます。

4. インフォグラフィック+オンライン動画+ストーリーテーリング

最後に紹介するのは、すでに言及したインフォグラフィックをはじめ、ストーリテリング、オンライン配信の動画といった現在のコミュニケーション手法のトレンド的な要素を組み合わせることで、安価な予算による製作ながら、新しいテクストの形を感じさせてくれる、灰色熊の生態に関するドキュメンタリーです。

(参照:Bear71: A New Type Of iPad Documentary Powered By Infographics : Co.Design

これまで紹介した3例がいずれも空間的・3次元的なものであったのに対して、こちらは2次元の画面の上に展開されるものです。ですので、制作のしやすさや、すでに多くの人が持っているモバイルデバイスでも利用可能という意味ではもっとも身近に感じられる例ではないかと思います。

そうであるがゆえに、これまでのテクスト体験や動画やゲームの体験と変わらないものと受け取られてしまう可能性も高いはずです。しかし、このテクストの形も単純に「消費者として受動的に傍観するもの」としてではなく、「参加者として積極的にテクストを形づくるもの」として利用することを想定した発想に頭を切り替えると、新しい可能性が生まれてくるはずです。

参加型のテクストと参加型経済モデル

こうした例だけでなく、いま話題となっているゲーミフィケーションや、ゲームストーミングなども含めたリアルな場でのブレインストーミングや対談なども、結局はフロー化するテクスト体験の時代の「新しい知の組織化の形=新しい知の織物の形」の模索の作業であると考えます。ルネサンス期から続いた印刷本中心のテクスト体験を越えた、新たなテクスト体験の時代はまさにいま様々な場面で研究されている最中だと思います。

こうした表現の研究をたんに物珍しさだけで見てスルーしてしまうのではなく、進行中の参加型経済モデルへの変換と表裏一体の動きとして捉えて、ビジネスの形も、個々人のワークスタイルの形も、今後どう変革していくかを見定めていく必要があるでしょう。所有・傍観・消費型の経済モデルから非所有・参加・サービス利用型の経済モデルへの大きな変化の1つの現象がこうしたテクストの形の変化として現れているのですから。

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