発想のための「レシピ」や「方程式」は存在しない。

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クーリエ・ジャポン1月号の特集は「未来はこうして創られる」だそうですが、そこに掲載されているMITメディアラボの石井裕教授のインタビューの内容がWebでも読めます。

MITメディアラボ石井裕副所長インタビュー(前編): クーリエ・ジャポンの現場から

このインタビューのなかで石井教授は「発想において「レシピ」や「方程式」のようなものは存在しません」と言っています。「タンジブル・ビット」という従来のGUIに対するイノベーティブなUIの概念を創造した石井教授が、新しいアイデアを生み出すためにはどうするか?という話をしているのですが、いくつか興味深い点があったので、すこしここで取り上げてみようと思います。

同じ思考ツールを使っても同じ発想が生まれるわけではない。

発想にレシピや方程式はないという石井教授ですが、それは発想の方法はないという意味ではありません。万人に有効な発想の方法がないということであって、人それぞれに異なる発想の方法があるというのです。

ありますが、それはレシピのようなものではありません。人それぞれ違った方法で作り上げなければならないと思いますが、僕でいえば、いくつかの手法があって、その一つは「なぜ?」という問いかけを繰り返すことです。

わたし自身「デザイン思考」を体験的に学んでいただくワークショップで、「デザイン思考」は決まったプロセスや方法があるわけではないということを申し上げた上で、思考作業のツールであるKJ法やペルソナ、プロトタイピングなどを用いた人それぞれがどのように発想を行なうかを、参加者各自に気付いてもらうという方法をとっています。

先日の14日にもデザイン思考ワークショップを開催したのですが、3チームに分かれての作業は同じ調査データを素材にして、同じ思考ツールを使って行なっても、それぞれ考える過程も考えた結果も異なりました。

これは今回に限ったことではありません。デザイン思考で使うエスノグラフィーやプロトタイピングという手法はあくまで発想を行なうために用いる思考ツールであって、発想を生むためのレシピや方程式ではありません。はさみやフライパンなどと同じようにあくまでツールなのですから、使う人はどのように使うかによって、結果が異なるのは当たり前なのです。

もちろん、同じ結果が期待できないからといってエスノグラフィーやプロトタイピングといったツールが「使えない」ということにはならないでしょう。はさみやフライパンといった道具を使った結果が異なっても、それをうまく使いこなせば、自らが期待する結果が出るように、デザイン思考の思考ツールも各自がそれをどう使いこなせばよいかを自分なりに見つけることが「新しい発想」を生むためには必要なのです。

「なぜ?」という問いかけを繰り返す

デザイン思考のツールをどう使いこなせばよいか?と各自がそれぞれ考えながら独自の使いこなし方を身につけていくうえで有効なのは、先の引用で石井教授が言っている"「なぜ?」という問いかけを繰り返す"クセをつけることだと私も考えます。

石井教授も言っていますが、発想は疑問を投げかけることから生まれます

「わかる」ということ自体、「わからない」状態を自分で認識して、その疑問を解こうとする姿勢から「わかった!」へと移行するのであって、なんとなく「わかったつもり」になって何の疑問も持てずにいると「わかろう」とする意識も行動も生まれまず、結局新しい「わかった!」に出会う機会は失われます。

つまり、「わかった!」という気づきや発想を生むためには、自ら疑問を生み出すことが大事だということです。目の前に見えている事象を当たり前のこととしてやりすごさずに、解くべき問題を設定することが必要です。「なぜ?」と問うことで一見当たり前のことに思える事柄のうちに、未知の可能性に通じる糸口を探るのです。

そして、石井教授はその「なぜ?」を繰り返そうと言っているのです。

自分のアイディアを撃ち落とすための「問い」というミサイルをとにかくたくさん用意する。そして、どのミサイルからも撃ち落とされないようにアイディアを高めていく、といった訓練を日々ずっとやっていますよ。

繰り返し疑問を発することでアイデアそのものをブラッシュアップしていく。これはIDEOがプロトタイピングを重視する理由と同じです。そうです。はやくプロトタイプを作ることで「なぜ?」を発し、早く間違えられるように〜より改善できるようにするのです。

プロトタイピングもエスノグラフィーも問いを生み出すためのツール

つまり、プロトタイピングにしても、エスノグラフィーにしても、デザイン思考で使う思考のツールは、結局この「わかったつもり」になっている自分に気付くきっかけを与えてくれるものなのです。自分の「当たり前」を打ち破るきっかけを与えてくれ、新しい発想につながる疑問を生み出方向へと導いてくれる道具なのです。その道具を使う際に「わからない」ことに怯えていたら、どこにも辿り着けません。

プロトタイピングに関していえば、自分たちが考えたアイデアを言葉だけの状態から、目に見え、手で触れられる形にすることで「なぜ?」が生まれやすくする方法だと考えればよいでしょう。形を作ることで、作った人以外のメンバーが「これ、何?」「この部分って必要なの?」と疑問をもったり、プロトタイプを使ったユーザーテストでユーザー自体が疑問いっぱいの表情をしているの見ながら、まだ改善の余地がたくさんある「自分のアイディアを撃ち落とすミサイル」にするのです。

この目に見えるようにすること、形にして触れられるようにすること自体が思考です。デザイン思考とは、この目に見えること、触れられることを「なぜ?」を生み出すために積極的に用いる方法なのです。

エスノグラフィーも実際にユーザーの生の現場をみることで、「なぜ、そんなやり方をしているのだろう?」「どうして、その道具や方法を使って作業をするのだろう?」などのさまざまな「なぜ?」を見つけにいく場だと考えれば、その意義やエスノグラフィーというツールの使いこなしもなんとなくイメージできるのではないでしょうか。エスノグラフィーについてはホームページのコラム「エスノグラフィーと体験のデザイン」でも紹介していますので、興味のある方は参考になさってください。

思考やアイデアを視覚化する!触れられるようにする!

こうした観点から考えると、石井教授の次のような言葉も、デザイン思考の根幹につながるものだとご理解いただけるのではないかと思います。

ビジュアル・シンキングはこうしたプロセスにおいて欠かせないものです。ビジュアルにして考える。さらにアイディアをプロトタイピングを通して実体化する、タンジブルにすることが重要です。アイディアを考えること、見ること、描くことは三位一体です。同じように、考えることと、モノをつくる、触れてみることも三位一体です。ビジュアル・シンキング、タンジブル・シンキングの方法論を常に使っています。

描くことで見ることができるし、作ることで触ることができるようになる。そして、見て触れられるから考えられる可能性が、言葉のみで考えているときより圧倒的に拡大するのです。

僕がデザイン思考のワークショップを開催するときでも、「見て触れられる」状況を工夫できるチームがやっぱりおもしろい結果=デザインを出してくれます。おもしろいことを考えるためには、そして、考えることをおもしろくして考えるモチベーションを高めるためにも、「見て触れられる」ようにすることと発想との関係をしっかりと理解しておく必要があるでしょう。

何よりデザインそのものがインタンジブルなものを「見て触れられる」=タンジブルな状態にすることで人びとの問題を解決する方法なのですから。

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