前回の「ペルソナ(ユーザーモデル)を作る」では、商品/サービスを用いるターゲットユーザーの人物像を明示する手法としてのペルソナを紹介しました。
ペルソナは商品/サービスを利用する人間の側を描いたモデルです。次の作業としては、そのペルソナが実際に利用する側の商品/サービスのモデルを考えることが必要になります。
つまり、商品/サービスのコンセプトメイクをします。
その方法のひとつが、今回紹介するシナリオを使ったデザイン(シナリオ・デザイン)です。
ペルソナにとって理想の商品をシナリオとして描く
シナリオを使ったデザインでは、ペルソナが商品/サービスを利用する際のスタートからゴールに至るまでの一連の流れ(ペルソナがいつどんな場所で何を目的として、どのように商品/サービスを操作、利用するのか)を、物語風の文章として描きだします。
その物語のなかでペルソナは、自身の抱えていた問題をいまはまだない理想の商品/サービスによってスムーズに解決します。物語には、ペルソナがどんな風に商品/サービスを操作するのか、使った感じからどんな感情を抱くのかが描かれますが、その経験はすべて快適で、ペルソナにとって好ましいものです。
つまり、ここで描かれるシナリオは、ペルソナにとって理想の状態を描いたものです。
その理想の状態を実現するには、ペルソナは商品/サービスをどのように操作するのが理想なのか、その操作に対して商品/サービスはどのようなフィードバックを返すのが理想なのかを、物語の動きのなかで記述するのです。
動きのなかで記述することで、実際の操作イメージ、利用イメージを思い浮かべながら、商品やサービスのモデルを考えることが大切です。
機能は搭載されていても実際には使えない/使われない商品は世の中には少なくありませんが、それは実際にユーザーが機能を使う際の動きをイメージしないまま、メニューの設計や操作方法の設計をしてしまっているからです。
シナリオを使ったデザインの一番の利点は、実際にユーザーが商品を操作する際の動きをイメージしながら機能のデザインをすることで、使えない/使われない機能を作ってしまうという失敗がないようにすることです。シナリオのなかで、ユーザーの体験そのものを描くことで「この形ではユーザーはこの機能を使えないだろう」ということをあらかじめ理解しやすくするのです。
逆にいえば、シナリオを使ってデザインすることで、ユーザーにとって心地良い商品/サービスの利用体験をデザインすることができるのです。
シナリオを使ったデザインのフロー
さて、シナリオを使って商品/サービスの要件を抽出するための作業の流れは、下図のようになります。

- 調査に基づくユーザーモデルであるペルソナを作成
- 作成したペルソナ文書を元にペルソナの期待をブレインストーミングにより抽出
- ペルソナの期待に応えるサービスイメージをシナリオで表現
- 作成したシナリオからサービス要件を抽出
1.のステップは前回説明したとおりです。
そのステップのなかで、現在のユーザーがどのように商品/サービスを利用して、どんなことを感じているのかを、現状の利用シナリオとして描いておくと、次以降のステップで理想のシナリオを考える際の参考になります。前回の最後に「前提条件/制約条件」をペルソナ文書には記述すると書きましたが、それを現状の利用シナリオとして記述しておくとよいでしょう。
もちろん、現状の利用シナリオは、コンテキスチュアル・インクワイアリーやその解釈であるワークモデル分析を元に描きます。
1.で作成したペルソナ文書を元に、ペルソナがどんな期待を持っているか、それを叶えるためにはどんなアイデアがあるかをブレインストーミングで議論します。
ペルソナ文書には、ペルソナの「役割」「目的」「ゴール」が描かれています。その記述をもとに、ペルソナにとって「○○(商品/サービス)とは何か?」「商品/サービスを利用する時の直接的ゴール(例えば、電子ファイルが印刷できる/東京からニューヨークまで移動できる etc.)とは別に、満たしたいと思っていること(例えば、紙づまりや用紙の補給などなく自分のデスクからすべての操作ができる/飛行機のなかや搭乗ロビーなどで快適に過ごせる etc.)」を議論するのです。そして、ペルソナの期待が明らかにできたら、その期待に応えるためには商品/サービスはどうあるべきかを考えるのです。
常に「使っているシーン」を思い浮かべながら
その議論をはじめるあたりから徐々にシナリオを考えていくとよいでしょう。ペルソナが商品/サービスを利用する際の理想のシナリオを、です。
この時点でシナリオを用いるのは、先にも書いたように、使えれば理想的だけど、使われない機能を作らずに済むようにするためです。
例えば、映画のチケットをWebで予約する際、見たい映画(作品)から先に選ぶ人もいれば、見ようと思っている映画館から先に選ぶ人もいます。
作品から選ぶ人には、作品を選んだあと、どこで見るかを選択させることになりますし、映画館を先に選ぶ人には、そのあとにどの作品を観るか(シネマコンプレックスのような複数の作品を同時上映している映画館を想定)を選択してもらいます。
ところがWebサイトが、映画作品を選ぶ→映画館を選ぶ→日時を選ぶといった1つの流れだけを想定した設計になっていると、映画館を選んだ人は、観ようと思っている映画館のページから作品を選んだあと、もう一度、どの映画館で観るかを選択しなくてはいけないことになります。これは「持ち帰りでホットコーヒーをトールで1つ」と頼んだのに「店内でお召し上がりですか?」と訊かれているようなもので、ちょっといらっとさせられるフローです。
どちらでも用は足せますが、ユーザー経験としてはどうでしょう?
ほかにも利用シーンをきちんとイメージせずにデザインしてしまったがために、使えなかったり、使いづらかったり、不快に感じてさせたりする商品/サービスになってしまうことは少なくありません。
ベッドで横になりながらメールを見ようと思ったのに、iPhoneの画面がくるくる回転してしまったことにイライラさせられたというiPhoneユーザーの方は多いのではないでしょうか。これも横になりながら利用するというシナリオが想定されていなかったがゆえではないかと思います。
シナリオを描く際の7つの着眼点
では、どのようなことをイメージしながら、シナリオを描けば良いのか?
以下は、コンテキスチュアル・インクワイアリーなどの行動観察の際に重視される「7つの着眼点」ですが、これはシナリオを描く際にもどう記述するかの参考になる視点です。
- 類型的行動
- 人が行動を行う際の1つの単位となるもの。
- たとえば、通勤、料理、ミーティング、読書、情報収集、旅行の計画、etc.
- また、その人自身がその行動を言葉でどう認識しているか。
- 行動の状況
- 人が行動を行う際の物理的環境や文化的背景、経済状況。
- 行動の直接的要因やきっかけ。
- 行動の主体
- 行動を行う主体は誰か。個人か、集団か、法人か。
- どんな役割を担っているのか。
- 行動の対象
- 行動の対象となる人、あるいは物は何か。
- その対象は主体にとってどんな意味を持っているのか。
- 手段・方法
- 行動の主体はどのような手段や方法を用いて、自身の行動の目的を達しようとするか。
- 用いられる道具、利用されるメソッド、考え方、etc.
- 行動の目的
- 行動の主体は何を目的として行動を行うのか。
- 具体的なゴールとして何を手に入れようとしているのか。
- 行動の結果
- 行動の結果、主体は自身の目的を達せられたかどうか。
- その結果は、主体をどのような気分にさせたか。
こうした視点でペルソナの行動をイメージしながら、いくつかの利用シーンでシナリオを描きます。
そこに描かれている商品/サービスがペルソナにとっての理想の商品/サービスですから、そこに描かれた商品/サービスの機能や振る舞いは、実際の商品/サービスも満たしていることが望ましいわけです。つまり、それが商品/サービスの要件となる。このような形でシナリオを使って、商品/サービスの要件を捉えていくのがシナリオ・デザインという手法です。