これまで「人間中心のデザイン」について書いてきましたが、今回はその元になった考え方ともいえる「ISO13407:インタラクティブシステムのための人間中心設計プロセス」についてあらためて紹介します。
ISO13407:インタラクティブシステムのための人間中心設計プロセスとは
ISO13407:インタラクティブシステムのための人間中心設計プロセスは、イギリス・ラフボロー工科大学のブライアン・シャッケルを中心とするグループが長年行ってきた人間工学系の研究を基本として1995年にISOに提案、1999年に国際規格化されたものです。
その名の通り、コンピュータが内蔵された各種の機器=インタラクティブシステムを対象に、その製品・システムのユーザビリティの向上を目的としたデザインプロセスです。
このプロセスに従って設計作業を行うことで、設計者は想定される対象ユーザー層との対話をデザイン過程のなかに取り込むことができ、利用者の立場・視点にたったデザインが可能となります。
“Context of use” がキーコンセプトとなったISO 9241-11のユーザビリティの定義(「特定の利用状況において、特定のユーザによって、ある製品が、指定された目標を達成するために用いられる際の、有効さ、効率、ユーザの満足度の度合い」)を下敷きにしているため、設計者が製品やシステムのデザイン時に、利用者の利用状況にフォーカスすること、製品・システムと使う人との相互作用(インタラクション)をひとつのシステムとして捉えて設計することを求めます。
そのため、下図のような形で、利用者が商品を利用する状況を理解することからデザインプロセスをスタートし、対象者たちの具体的な利用状況のなかに隠れたニーズを発見し、その解決案としてのデザイン案を作成・評価を繰り返すことを基本的なプロセスのなかに盛り込んでいます。

人間中心設計プロセスの5つの段階
上述の図のように、ISO13407:インタラクティブシステムのための人間中心設計プロセスは、下記のような5つの段階を経て、最終的に「ユーザーと組織の要求を満たす」製品/システムの実現を目指します。
- 人間中心設計の必要性の特定
- デザイン活動のための哲学(「人間中心設計による何を実現するのか?」)と、ヴィジョン(「誰に、どんなものを提供することで、それを実現するのか」に関する仮説」)を検討。プロジェクトメンバー間での共有を行う。
- 利用の状況の把握と明示
- 想定されるターゲットユーザー層の現状の生活における製品/システムの利用状況を把握する。把握のための調査には、エスノグラフィやコンテキスチュアル・インクワイアリーのような行動観察を主体とした質的調査法を用います。
質的データの分析・解釈では、ユーザーの行動とその背後の環境的要素との関係性の分析が中心になります。ワークモデル分析やKJ法などの手法を用いてデータを分析し、利用状況を図解や文章を使って明示します。
- ユーザーと組織の要求事項の明示
- 利用状況の把握により明らかとなった、ユーザーの利用環境やそれに応じた利用の方法や現状の問題点から、ユーザーセグメントごとにどのような要求事項があるかを検討します。要求事項の検討は、顕在的なものだけでなく、潜在的なものも含めることが必要です。
その際、ターゲットユーザーのモデル化にはペルソナ法を用います。また、シナリオ法やストーリーボードのような手法を用いてペルソナの潜在的な期待に応えるための製品/システムのアイデアを検討します。
- 設計による解決案の作成
- 前の段階で検討を行った各ユーザーセグメント(ペルソナ)ごとの利用状況とそれに対応した期待と、シナリオやストーリーボードの形で表現した製品、システムのラフイメージを元に、具体的な製品、システムのデザインを行う段階です。
この段階においても、デザイン作業は常にユーザーとの対話を忘れずに、製品やシステムを単体でデザインするのではなく、こういうインターフェイスにした場合、ペルソナは使い方がわかるだろうか、こうしたインタラクションをデザインした場合、ペルソナはイライラせずに効率的に利用できるかと、シミュレーションを行いながら具体的なデザイン案・設計案の検討を行うことが必要です。
- 要求事項に対する設計の評価
- 前の段階で、ユーザーによる利用を想定したシミュレーションを行いつつ、デザイン案の検討を行いましたが、本当にそれがユーザーに使い方がわかるか、効率的に不快を感じることなく使うことができるかは、実際のユーザーに使ってもらって試してみないとわかりません。ユーザーテスト法などを用いて、ユーザーの要求事項と実際のデザイン案とのギャップがないかを検証するのがこの段階です。
ユーザーテストは完全にデザイン案が固まる前の早い段階で繰り返し行うことで、ユーザーとのギャップを徐々に埋めていくことが可能になります。
この5つのプロセスの最初の段階(「利用の状況の把握と明示」)で用いるのが、これまで紹介してきた「コンテキスチュアル・インクワイアリー(文脈的質問法)」、「ワークモデル分析」といった調査・分析の手法です。
人間中心設計プロセスに対する批判
こうしたインタラクティブなシステム(必ずしもコンピュータが内蔵されているものに限定する必要はありません)に対するユーザビリティの向上を目指す、人間中心設計プロセスですが、これに対する批判もあります。
例えば、『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』という本で「人間中心のデザイン」の必要性と手法を紹介しているクラウス・クリッペンドルフも、同書のなかで次のように書いています。
ISOは人間工学の伝統に由来するので、人間中心性を正当に評価しておらず、(外在的な)特定の目的をユーザビリティーの公式的基準の鍵としている。これは、内発的な動機付けを排除してしまうもの、ないしはそういった動機づけを「積極的態度」に格下げするものである。
クリッペンドルフの考える人間中心性は、必ずしも製品の機能的な意味=価値だけにフォーカスしたものではなく、より広範囲に人間にとっての意味=価値に貢献するものとしてデザインを捉えたものです。そのため、ISOの機能主義的側面が強い「人間中心設計」の考え方に対しては、先の引用のような批判をしているのです。
このクリッペンドルフの指摘はもっともだと考えます。私が「人間中心設計」ということばではなく、あえて「人間中心のデザイン」としているのも、ISOの機能中心主義的な人間中心性が除外している部分が、実は書品やサービスのデザインを考えるうえでは非常に大事なものであると考えるからです。
その意味で、私が人間中心のデザインで商品やサービスの企画・デザインのお手伝いを行う場合は、人間の価値構造の理解を行うための「イメージカードソート法」などによる調査を、上述のプロセスと平行で行うことで、機能性に偏りがちな人間中心設計プロセスの弱点を補うようにしています。
長くなりましたので、このあたりは次回以降もすこしずつ紹介していけたら。